橘玲の世界投資見聞録 2016年12月22日

同じ南米の大国なのに、
アルゼンチンがブラジルとは全く印象が異なる理由
[橘玲の世界投資見聞録]

アルゼンチンは「もうひとつのイタリア」だった

 アルゼンチンは混乱のなかで1829年にスペインから独立したが、その頃にはブエノスアイレスは南米の主要な貿易港として発展していた。その歴史は複雑なのだが、要は現代のグローバル化論争と同じ理由で社会が不安定化していった。

 独立によって宗主国のくびきから離れ、どの国とも自由に交易できるようになったことは、ブエノスアイレスの富裕な商人たちに大きな利益をもたらし、「南米のパリ」と呼ばれる活況をもたらした。それに対してパンパスのひとびとは、国際競争にさらされて地場産業が壊滅的な打撃を受けることになる。彼らは当時、ポンチョを1着7ペソで売っていたのだが、イギリスの業者は機械織りの布地で類似品を大量生産し、1着3ペソで売りまくった。こうしてパンパスのひとたちは、「グローバル資本主義」による自由貿易が自分たちの生活を破壊しているのだと考えるようになる。彼ら「無学な大衆」を動員するのがアルゼンチンのポピュリズムなのだが、それについてはあとで触れるとして、アルゼンチンのヨーロッパ系白人についてもうすこし述べておこう。

「南米のパリ」を象徴するブエノスアイレスのコロン劇場。パリのオペラ座、ミラノのスカラ座と並ぶ世界三大劇場のひとつ           (Photo:©Alt Invest Com)
コロン劇場の豪華な客席                (Photo:©Alt Invest Com)

 

 最初に述べたように、アルゼンチンの有名サッカー選手は白人かメスティーソだ。このとき私たちは、ごく自然に白人=スペイン系と考える。たしかに南米を植民地化したのはスペインだが、実はアルゼンチンではスペイン系白人はもはや多数派ではなくなっている。

 サッカー日本代表の長友佑都が所属するインテルは、インテルナツィオナーレ(英語でInternational)のチーム名に象徴されるように、国境の壁をなくし外国人選手にも広く門戸を開くことをチームのポリシーとしている。長友が加入した当時、そのインテルにはサネッティやカンビアッソなどアルゼンチンを代表する選手が所属していた。

 私はずっと、なぜイタリアのチームにアルゼンチン代表がこんなにたくさんいるのか不思議だったのだが、じつは彼らはイタリア系アルゼンチン人だった。もともとスペイン語とイタリア語は方言のような関係で、お互いに母語でしゃべってもなんとなく会話が成立するようだが、イタリア人の家庭に生まれればイタリア語をふつうに話せるか、すくなくもと理解できるようになるだろう。これはチーム内のコミュニケーションが重要なサッカーにとって大きなアドバンテージで、だからこそイタリア系アルゼンチン人のサッカー選手がセリエA(イタリアサッカー1部リーグ)で大きな成功を収めたのだ。

 もうひとつ不思議だったのは、イタリア現代史の最大のスキャンダルである「P2事件」で、フリーメーソンの秘密組織P2を創設したマフィアの大物が、南米諸国とりわけアルゼンチンとのあいだに強固な闇のメットワークを築き上げたことだ。

[参考記事]
●バチカン市国「神の資金」を扱う闇の男たち -前編-
●バチカン市国「神の資金」を扱う闇の男たち -後編-

 なぜイタリアの闇組織がアルゼンチンの独裁政権とつながるのかそのときはわからなかったが、じつはこれも簡単に説明できる。アルゼンチンの人口は約4000万人だが、他の民族との混血も含めれば、そのうちイタリア系は約3000万人で74%を占めるとされている。イタリアの人口が約6000万人だから、じつはアルゼンチンは本国に次ぐ「もうひとつのイタリア」なのだ。ブエノスアイレスのひとたちの憩いの場がスペイン風のバルではなくイタリア風のカフェであるように、政治や経済など表の世界だけでなく、マフィアの裏の世界でもイタリアとアルゼンチンは深くつながっているのだ。

 ブエノスアイレスは商業都市として発展したが、社会の上層を占めるスペイン系白人はそれほど多くなく、彼らはブラジルのポルトガル系白人と同じように、黒人を家産奴隷として優雅に暮らしていた。

 だが1862年に、さまざまな確執の末にブエノスアイレス州がアルゼンチン連邦に加わる頃には、南米有数の港を持つブエノスアイレスは自由貿易によって大繁栄期を迎えていた。最初は1860年代の牧羊ブームで、羊毛の輸出はたちまち伝統的な牛革や塩漬け牛肉を追い抜いた。次いで小麦やトウモロコシの栽培が始まり、イギリス資本で開発された鉄道が内陸に延びるにしたがって耕作面積も飛躍的に拡大した。そして20世紀になると冷凍技術による肉の保存と船舶輸送が普及し、ブエノスアイレスには冷凍加工プラントが建ち並んだ。

 こうした活況を見て南欧諸国、とりわけ貧しいイタリア南部からアルゼンチンに向けて大規模な移住がはじまり、1871年から1914年の間に定着移民数は310万人を数え、1914年の人口調査では総人口780万人のうち3分の1が外国生まれとなった。

 こうした移民は最初のうちは農業従事者が多かったが、大土地所有制のもとでは土地が手に入りにくいため、大半は都市に仕事を求めるようになる。ブエノスアイレスの港で荷揚げなどの肉体労働に従事していた貧しい移民たちのなかから生まれたのが、哀愁に満ちたタンゴだ。もともとアルゼンチンの人種構成は、半分以上がアフリカ系やインディオの血を引いた浅黒い肌のひとだったというが、この時期に都市部は白人だけになってしまったのだ。

ブエノスアイレスの貧しい港湾労働者が生んだタンゴ。いまではすっかり観光客向けのイベントになった                (Photo:©Alt Invest Com)

 


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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