過去より未来から学ぶイスラエル。“ぬるま湯”日本よ、切迫感を持てPhoto by Yoshihisa Wada

“中東のシリコンバレー”イスラエル

 経済同友会は2016年のゴールデンウイークを利用し、イスラエルに初となる代表幹事ミッションを派遣した。代表幹事である私を団長に、総勢24人がエルサレムとテルアビブを訪問し、政府関係者、現地のベンチャー企業やインキュベーター、研究開発機関との面談を重ねた。

 私がイスラエル留学中に人生の転機とも言える経験をしたのは連載の1回目で紹介した。今回のミッション派遣は、そうした個人的な経験からの発案ではない。意外に知られていないがイスラエルは、“中東のシリコンバレー”と言われるほどのイノベーション大国として世界的に注目されているのだ。その理由を探ることは、日本の産業や企業経営にも資するものが多いのではないかと思ったのだ。

 2012年に米外交問題評議会中東研究グループの上席研究員であるダン・セノールらの『アップル、グーグル、マイクロソフトはなぜ、イスラエル企業を欲しがるのか?』(邦訳 ダイヤモンド社刊)が刊行されて以来、“中東のシリコンバレー”イスラエルへの注目が高まった。

 日本企業でも楽天によるViber社の買収や、武田薬品工業によるジェネリック大手TEVA社との合弁会社設立などイスラエル企業との連携や現地進出が相次いでいる。

 イスラエルは、四国ほどの広さの中に約850万人が暮らしている。乾燥地帯で資源に乏しい国だ。そんな国で研究開発費や民間のR&D予算とも対GDP比では世界最高水準にある。ベンチャーキャピタルによる投資額も年間5000億円規模で、人口1人当たりのベンチャー投資額は世界1位であり、日本の約100倍に達する。なにしろ人口約1850人につき起業1社という旺盛な創業意欲があり、それがために「スタートアップネーション」とも呼ばれる。

 私には、現在は「サイバー・フィジカル・システムな時代」に向かっているという基本認識がある。これは、いつか高校で習った複素数の数式「z=a+bi」を使うとうまく表現できる。言葉遊びのようだが、zを経済とすると、aは「アトム(atom)」、重さを持ったモノや物質で、bは「ビット(bit)」、即ち0か1で表現されるデジタルデータであり重さを持たない情報、このビットが行きかう世界がi、「インターネット」空間だ。

 アトムを扱うメーカーはビットの世界をどう取り込むかを考え、一方、グーグルやアマゾンといった会社は逆にビット空間からリアル空間の方に進出しようとしている。この双方向の動きによって、アトムとビットがハイブリッド化していくというのが21世紀の経済の捉え方だと思う。

 モノを作るだけならば新興国でもできる。だからあらゆる製品で供給過剰が発生する。その競争に巻き込まれずに競争力を高めるには、人工知能やサイバー空間に付加価値を見いだしていくしかない。

 IoTもそうだ。工場レベルの大規模なものからヘルスケアなどの個人規模のものまで、すべてのデータから新しいサービスや製品の開発に結びつけていく力が試される。

 しかも経済のグローバル化は不可逆なものだ。トランプ次期米大統領が保護主義に傾いても、またイギリスがEUから離脱しても、経済は必然的にグローバル化し、ネットワーク化していく。なぜならば経済は、最も効率的な形態においてこそ、その活力を得られるからだ。

 環境問題にしてもサイエンスや技術をベースにした議論にしなければ前に進まない。イデオロギーを背景にしたポリティカルベースの議論では、いつまでたっても地球の環境問題を解決することはできないだろう。

 こうした前提の上で改めてイスラエルを見れば、スタートアップネーション、イノベーション大国としての活力は、未来へのあるべき取り組みを示しているように思う。残念ながら今年の9月に亡くなられてしまったが、5月のミッションではシモン・ペレス元大統領にも会うことができた。93歳の高齢ながらビッグデータやシェアリングエコノミーなどについて熱心に語った上で、「我々は過去から学ぶのではなく、未来から学ぶべきだ」と言っていた。

 この言葉は、さまざまな戦いを乗り越えてきたペレス氏の哲学の結晶であろう。