臆せず語られる明確な時代認識と理念。その上で示される経営理論や会社の未来図に説得力があるのが三菱ケミカルHDの小林喜光会長だ。その問題意識や背景を聞いた。(聞き手/ダイヤモンド・オンライン編集長 深澤 献)

ゆでガエルの意識を変えるのは簡単だ。ヘビを放り込めばいいPhoto by Yoshihisa Wada

家に時計が30個ある

――小林会長といえば「時計」にまつわる話が有名です。ご自宅には時計が二十数個もあるとか。

小林 時計が好きなんです。腕時計も10個ぐらい持っているし、その他の時計も合わせれば自宅には30個ぐらいあるんじゃないかな。

――それは、単に時計好きという話ではなさそうですね。

小林 「時間」という、自分では制御できない不思議な事実というか考え方が好きなんです。

 例えば経営には、「儲ける軸」と「技術の軸」、そしてやはりサステナビリティの「持続性の軸」が必要です。この3つを僕は「心・技・体」と表現しているけれど、さらにその上で「時間軸」を据えてみる。時代よりも早すぎてもダメだし、遅すぎてもダメ。やはりピタッと時代に合わせるセンスがいる。

 個人に関わる時間では、年齢という問題がある。毎日慌ただしく生きてきたら僕も70歳になってしまいました。生きていられるのはあと10年ぐらいでしょう。たった10年しかない。

 こき使われるだけの隷属的な時間を過ごすのは嫌だから、自分なりの人生を自分なりに設計できることを、そろそろやりたいと思います。ここでも時間が絡んで来る。

 人と待ち合わせて遅れれば叱られる。時間はマナーや文化にも絡んでいる。時間は大切なものであり、昔から人と待ち合わせたりデートをしても、僕は絶対に遅れたことはなかった。これはちょっとした自慢です。人の時間を無駄遣いさせたくないという思いがあるのです。

――その上で、仕事モードと休日モードがはっきりと分かれている、ともおっしゃっていますね。時間を大切にすれば自ずとそうなるのですか。

小林 そう思いますよ。今回の連載でもイスラエルのことを述べましたが、ユダヤの民は「シャバット(安息日)」といって、金曜の夜から土曜の夜にかけては本当になにもしないでお祈りをするのです。それは徹底している。週末に休まないと彼らの普段抱えている緊張を維持できないのです。リラックスとテンションを繰り返す。これは、人として生きる者の宿命のような気がします。それをやらないと頭がおかしくなってしまう。

――小林さんは、どのような休日を過ごされているのですか。

小林 飼っているカエルや金魚を眺めたり、無心に庭の木を剪定したり雑草を抜いたりしています。平日の自分から完全に脱却したところですべてを忘れる。と言いつつ、最近は、経済同友会の代表幹事としての仕事もあり、なかなか休ませてもらえない。だから本当の意味での活力が最近は弱いんです(笑)。

――カエルを飼っている?

小林 そうですよ。もともと生き物が好きですが、カエルは愛おしい。砂漠という無機質な世界で黒ショールの女性と山羊を見て、生きている凄さ、無の中に動くものがあるという美しさを感じたとお話ししましたが、心臓を動かして生きている姿は愛おしい、同じ経験をすれば、誰もが似たような感慨を持つでしょう。

 自宅ではウシガエル、会社ではツノガエルを飼っています。これが一番飼いやすい。カエルは成長すると生き餌しか食べないのですが、ツノガエルは練り餌でも生きていけるのです。

 カエルを飼い始めたのにはもう一つ理由があり、社長になった時に「とにかく会社を変える(カエル)のだ」という決意を自分に強いるためでもあったのです。オバマ大統領は「チェンジ」と言い、トランプさんはどちらかと言えば「リターン(回帰)」だね。僕は、やはり「変える」だった(笑)。

――変化を恐れてぬるま湯に浸かっている“ゆでガエル”になってはいけない、と。

小林 そう。CDやDVDを作っていた三菱化学メディアを再建した話は連載でも述べましたけど、そこに至るまではやはり組織としてはゆでガエルだった。ぬるま湯に気持ちよく浸かっているうちに絶命してしまう。

 ゆでガエルの組織や人を変えるにはヘビを放り込むしかないのです。三菱化学メディアの場合だと、「1年以内に再建に向けた結果を出さないと事業から撤退する」という本社方針がヘビになった。本社は、再建にめどをつけて少し事業価値をつけてから売ろうというのが本音だったのでしょうが、いずれにしても方針は大きなヘビだったのです。