中国人クルーズ旅行市場に世界が虎視眈々、後れをとる日本

 今回も、前回に続いてもう少しクルーズの話をしたい。

 前回、このコラムでは、「約6年半前の2010年3月6日、私は日本国内の全国紙にこのようなタイトルで、中国人観光客がクルージング用の大型豪華客船に乗って世界中を旅行する時代が訪れた、とコラムで取り上げた」と書いたが、実は私の報道より2年も前に中国でクルーズ旅行の訪れを予兆的にしかも大々的に取り上げた人がいた。女流作家の畢淑敏さんだった。

 彼女は2008年5月14日から、息子の盧淼さんとともにピースボートに乗り込み、横浜を出発して世界一周の旅に出た。のちにその旅行経験をもとに『畢淑敏母子航海環球旅行記』(畢淑敏親子の世界一周の航海旅行記という意)、『藍色天堂』(青い色の天国)という本にまとめた。盧さんも『環球航行百日記』という本を出版した。

 数年後の2011年、畢さんたちの呼びかけで、企業の援助を得て、青島の中国海洋大学の教員と学生7名がピースボートに乗って、ベトナム、シンガポール、スリランカ、ヨルダン、エジプト、トルコ、ギリシャ、イタリア、フランス、スペイン、フィンランド、デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、ロシア、ドミニカ、パナマ、グアテマラ、コロンビア、メキシコなどの国々の22の港町に寄港しながら,世界一周の旅を体験した。これはおそらく中国国民の団体での初めてのクルーズ船旅行体験といってもよさそうな出来事だ。

 今年12月9日、横浜を出航したピースボートに、上海で乗り込んだ乗客の中に、8年前、雑誌に掲載された畢さんの旅行記を読んだ大連の人がいた。その方はそれ以降、ずっとクルーズに乗る夢を見ていたという。これまでの8年間、何度も挑戦したが、いずれもビザやその他の問題でうまく行かなかった。今回はようやく念願のクルーズ旅行が実現でき、喜びもひとしおだ。