橘玲の世界投資見聞録 2017年1月19日

メキシコ国境の先にある「世界でもっとも危険な街」と
トランプ新大統領の主張の前にできていた「国境の壁」
[橘玲の世界投資見聞録]

 
 

メキシコ側はかつて「世界で最も危険な街」

 メキシコ側に入国したくなかったのには、じつは理由がある。エル・パソの対岸の町シウダー・フアレスが、あまり評判がよくないからだ。たとえばWikipediaには次のように書かれている。

「(シウダー・フアレスは)近年、工業化が著しく、世界中で最も発展が早い国(都市の間違いか?)の1つとして知られているが、同時に急速に治安が悪化しており「戦争地帯を除くと世界で最も危険な都市」とも恐れられていた。しかし2012年にホンジュラスの都市サン・ペドロ・スーラに抜かれ、現在「世界で2番目に危険な場所」になっている」


「世界で最も危険な都市」から「世界で2番目に危険な場所」に格下げされたと知ってもあまり安心できないが、さらに気を重くしたのは、今回の旅行前に『皆殺しのバラッド』というドキュメンタリーを観たからでもあった。「メキシコ麻薬戦争の光と闇」という副題を持つこの作品は、メキシコの麻薬ギャング相手に治安維持に奮闘する警察官と、その麻薬王たちを讃える「ナルコ・コリード(麻薬の歌)」という歌謡曲を歌って人気者になるアメリカのヒスパニックのミュージシャンたちを追った興味深いドキュメンタリーだが、その舞台がシウダー・フアレスで、配給会社による日本語版の紹介には次のように書かれている。

「「世界で最も危険な街」とされるメキシコの都市シウダー・フアレス。およそ100万の人口を抱えるこの街では、年間3,000件を越す殺人事件がある(2010年3,622件)。地元警察官として殺人事件の現場で証拠品を集める男リチ・ソト。彼と彼の同僚警官たちは、報復を恐れて黒い覆面を被って事件現場に出動する。メキシコでは起きた犯罪の3%しか捜査されず、99%の犯罪は罪に問われること無く放置される。実際、下手に捜査を続けると命が危ない。メキシコ国内で強大な力を持つ非合法の麻薬密輸カルテルが、それらの事件の背後にいるからだ。彼らは警察組織や軍を買収し、捜査を阻む。組織に従わないものは次々と処刑される。リチの机の上には、現場検証で集めた証拠物品の山が積み上げられていくだけ。周りの人々は「銃弾コレクター」と彼を皮肉まじりに揶揄する。1年間で彼の同僚警官が4人も殺害されている。真面目に職務をこなす警官にとって、フアレスは非常に危険な街なのだ」


 自業自得とはいえ、そんなところにこれから行かなくてはならないのだ。気が重くなる理由もわかってもらえるだろう。

 しかし、メキシコに入国しなければアメリカに再入国できないのだから、先に進むしかない。

 メキシコ側の入国ゲートは、メキシコ人はなんのチェックもなく素通りだった。旅行者はどうすればいいか訊くと、建物のなかにある入国管理窓口を指差された。窓口の女性は、いきなり現われた外国人にびっくりしていた。ここからメキシコに入国しようという外国人旅行者はめったにいないのだろう。

 窓口で入国と出国の書類に記入し、パスポートに入国スタンプを捺してもらって、ゲートを通過した。

 かなり前のことだが、カリフォリニアとメキシコの国境の町ティファナを訪れたことがある。ここはアメリカ人に人気の観光地で、目抜き通りには土産物店やバー、レストランのほか、薬局がずらりと軒を並べていた。処方箋なしで医薬品が安く買えるということで、持病のあるひとがわざわざ薬の買い出しに来るらしい。

 エル・パソと接するシウダー・フアレスにも観光客向けの店があるのではないかと思っていたが、車道に沿って素っ気のない建物が並んでいるだけで、徒歩で観光できるとは思えない。道の向こう側にタクシーが並んでいたので、中心部はここからすこし離れたところにあるのだろう。

 すでに日は暮れかけているし、街を散策するだけの度胸もないので、西に300メートルほど離れたところにある出国用の橋にそのまま向かうことにした。

橋を渡ったところにあるメキシコ側の入国ゲート       (Photo:©Alt Invest Com)
夕暮れのシウダー・フアレス。国境の町なのに観光客向けの店は見当たらない      (Photo:©Alt Invest Com)

 

メキシコへの出国は記録され、アメリカへの再入国記録は残っていない

 「世界で最も危険な都市」の称号を持つとはいえ、シウダー・フアレスの出国ゲートに集まるのはなんらかの理由でアメリカ側に渡る地元のひとたちだから、東の橋から西の橋に行くのに危険を感じることはない。とはいえ、路上にホームレスが寝ていたり、麻薬のせいか明らかに目つきのおかしいひとが毛布をまとって徘徊しているなど、あまり長居をする気にならないのも確かだ。

 出国用の橋まで来ると、ゲートの手前から長い列ができている。ゲートは自動になっていて25セントコイン(メキシコペソも可)を入れると開くようになっている。そのままアメリカの入国審査場に向かって列が延びているのだが、メキシコ側での出国手続きはなにもなかった。

 長蛇の列を見て愕然としたが、なかには列の脇をすり抜けていくひともいる。ほぼ全員が地元のメキシコ人だと思うのだが、なかにはアメリカ市民権を取得しているひともいて、彼らは列に並ぶ必要がないようだ。

 案に相違して列はかなりのスピードで進み、30~40分で入国審査場にたどり着いた。入国審査官から「アメリカ入国の目的は?」と訊かれたので、「エル・パソのホテルに泊まっていて、メキシコ側を見に行っただけ」とこたえると、「ああ、そうなの」という感じでパスポートを返されてそれで終わりだった。

 ちょっと橋の写真を撮るつもりが、アメリカに再入国する頃にはすっかり日が落ちていた。(メキシコに渡る)サウス・スタントン通りにはなにもなかったが、(メキシコから入国する)サウス・エル・パソ通りは衣料品店や雑貨店がずらりと並んでいた。ティファナとは逆に、ここではメキシコのひとたちが国境を越えてアメリカ側で買い物をするようだ。

 ちょっとした冒険を終えての私の疑問は、パスポートの出入国記録がどうなっているかだった。私の理解では、アメリカからの出国は素通りで、メキシコでは入国審査はあったものの出国審査はなく(そのため出国用の書類がそのまま手元に残った)、アメリカの入国審査はパスポートをぱらぱらめくっただけだ。だとしたら、記録上はメキシコに入国したままになっているのでないか。

 そんな疑問をTwitterでつぶやいたら、Department of Homeland Security(国土安全保障省)のホームページからアメリカの出入国記録を確認できることを教えてもらった。(https://i94.cbp.dhs.gov/I94/#/home)

 それによると、私は12月14日にニューヨークのニューアーク国際空港からアメリカに入国し、12月18日に出国したことになっている。出国場所の記載はないが、18日はエル・パソからシウダー・フアレスに行った日なので、なんらかのかたちで出国記録が残っているようだ。

 しかし不思議なことに、同じ18日の再入国の記録がない。私はその後12月30日までアメリカに滞在し、サンフランシスコ国際空港から帰国したのだが、空港で正規の出国手続きをしたにもかかわらず、それも記録されていない。これだと12月18日~30日は公的には米国内に滞在していないことになる。アメリカの国境管理はこれでいいのかと、たしかにちょっと不安になった。

シウダー・フアレスの国境付近。若干不穏な雰囲気がする   (Photo:©Alt Invest Com)
出国ゲートに並ぶひとたち                                            (Photo:©Alt Invest Com)
アメリカの入国管理を待つ行列。左側の車道には乗客を満載したバスが並んでいた     (Photo:©Alt Invest Com)
アメリカの入国ゲートを出ると、衣料品や雑貨店が集まっている                    (Photo:©Alt Invest Com)

 


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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