「政治家は豊かになった。しかし、雇用は流出し、工場は閉鎖された」と彼は語りかけた。「主流派(エスタブリッシュメント)は自分たちを守ったが、この国の市民を守らなかった」

「私たちは権力をワシントンから、あなた方、米国民にお返しする」

 群衆のなかでトランプ氏の就任演説を聴いていた、アイダホ州ナンパのアンドレア・フリードリーさん(52)は、演説を「強力なパンチ」にたとえ、トランプ氏が権力を国民に返すことを称賛した。

 トランプ氏は選挙人団の過半数を制したが、総投票数では対立候補であるヒラリー・クリントン氏に300万票近い差をつけられた。それだけに、国内を団結させようという試みは非常に難しくなっている。

アメリカ・ファースト(米国第一)

写真はワシントンでの大統領就任式会場に到着したトランプ氏(2017年 ロイター/Carlos Barria)

「今日ここに集まった私たちは、すべての都市、すべての外国の首都、すべての権力中枢に聞かせるべく、新たな布告を発する」とトランプ氏は宣言した。「今日以降は、新たなビジョンがこの国を統治する。今日から先は、『アメリカ・ファースト』だ」

 だが、インフラ関連投資の増額、国境管理の強化といったトランプ氏の提案、そして彼の演説に見られる孤立主義的な論調は、伝統的な共和党の優先順位と整合しない可能性がある。

 その一方でトランプ氏は、保守の基本原則をおおむね支持するような閣僚を選ぶことにより、神経質になっている共和党関係者を安心させている。また彼は、オバマ前大統領による進歩的な政策の一部を撤回することを意図した大統領令への署名をさっそく開始する予定だ。

 トランプ氏の就任演説では、貿易やグローバリゼーションといった要因によって取り残された米国民に言及する「忘れられた」という言葉にルーズベルト大統領、また「サイレント・マジョリティ」という表現を使ったニクソン大統領、さらには米国の偉大さの復活を約束する点でレーガン大統領の影響が見られる、と歴史研究者は指摘する。

 ただし、プリンストン大学の歴史研究者ジュリアン・ゼリザー氏によれば、トランプ氏の演説の区切り方、わざとらしいジェスチャーには、「身体的・言語的に強い怒りが」過去の大統領よりも強く現れているという。

 トランプ氏は、世論調査で自身に対して批判的な見方を示している過半数の米国民に対して、自らの主張を訴えようとする努力をほとんど見せなかった。その代わりに彼は、最も熱狂的な自分の支持者に直接語りかけようとしているように見えた。

 トランプ氏の演説によって、最も思い起こされるのは、1981年にレーガン大統領が行った「経済的苦悩」と「稼働していない産業」に言及した演説である。

 だが、レーガン氏が大統領の座を引き継いだときの経済は、スタグフレーションに苦しみ、失業率は7.5%に達していた。対照的に、退任したオバマ氏の下で、米国における民間部門の雇用は80ヵ月連続で増加し、失業率は4.7%に留まっている。

 バンダービルト大学で米国大統領制の歴史を研究するトーマス・アラン・シュバルツ氏は、トランプ氏が描き出した状況は「恐らく、すべての米国民が共有するものではない」と言う。

 それでも「国家的危機と衰退という感覚」に巧みに訴えている、と同氏は指摘する。

 トランプ大統領の就任式を見るためにノースカロライナ州ムーアズビルから来たベリンダ・ビーさん(56)は、トランプ大統領がイスラム原理主義者によるテロとの戦いに成功し、政界のアウトサイダーであり続けると信じている、と言う。

「この国は今や、政治家のものではなく国民のものだ」と語った。

(James Oliphant 翻訳:エァクレーレン)