なぜ日本企業の海外大型買収は失敗しがちなのか現場にとって無理でしかないコスト削減と都合の良い利益計算、M&Aに失敗する典型的な組織の特長です

言い出した人が責任者、数字は都合に合わせて調節
当事者意識のないM&A

 ある有名企業の企画部のリーダーをしていた知人が、M&Aをした海外企業に役員として赴任することになった。「良かったね。次は本社の役員じゃないか!」と言うと、本人は浮かぬ顔で「そんな簡単にはいかないんだよ」と首を振る。

 彼は、このM&Aを推進した張本人だ。それなのに、「まさか自分が行くことになるとは…」と落ち込むのはなぜなのか。それには理由があった。

 M&Aをした企業は、投資ファンドが保有していた会社である。いつかは売却されると注視していたものの、実際に「購入しませんか」と、外資系の金融機関を通して話を聞いたのは、上司である役員と彼だった。

「来るべき時が来たな」と身が引き締まる思いがしたという。

 さっそく社長に報告すると、「前向きに考えてみましょう」と普段通りの冷静な答えだったが、役員によれば「あれはGO!のサインだ」とのこと。出世するには、上役のわずかな表情の変化を見極める能力も必要なのだ。

 そしてM&Aを前向きに検討することになり、彼はそのまま「検討委員会」の現場責任者になった。これは、関係する事業部や財務、法務など関連するすべての部門の統括をする委員会だ。

 彼としても、「経営企画をやっているからには、海外の大型M&Aのひとつもやっておかないと格好がつかないな」という思いがあったらしい。

 さっそく投資対象の会社の事業性やリスクを調査するDD(デューデリジェンス)を行うことになり、専門の財務系、ビジネス系のコンサル会社や、海外に強い一流の弁護士法人などを雇って、調査が始まった。彼はコンサルタントや弁護士たちの手際の良さと時間給の高さに驚嘆しつつも「中身はかなり形式的なものだな」という感覚を禁じ得なかったという。