橘玲の世界投資見聞録 2017年5月25日

インドのカースト制度は「人種差別」。
カースト廃止を望まない被差別層もいる現実
[橘玲の世界投資見聞録]

インドでは3500年も前に生まれた身分差別が
連綿と現在まで受け継がれている

 カースト制度は3500年前までさかのぼるといわれている。

 この頃インド大陸では、インダス川流域(現在のパキスタン)に高度な農耕文明が発達していた(インダス文明)。その北西の中央アジアには「アーリヤ」と称する遊牧民がおり、紀元前1500年頃、その一部が南下を開始してインダス川流域(パンジャーブ)に移り住んだ。これが「インド・アーリヤ人」だ。

 その後、紀元前1000年頃に中央アジアから南のイラン方面に大規模な移動が始まった。彼らは「イラーン」と自称したが、これは「アーリヤ」と語源を同じくする。インド・アーリヤ人とイラン人は、人種的には同じアーリヤなのだ。古代ペルシアの宗教ゾロアスター教の聖典『アヴェスター』の神々と、ヒンドゥー教のヴェーダ聖典の神々に共通するものが多いのはこれが理由だ。

 アーリヤ人の神々への賛歌を集めた『リグ・ヴェーダ(聖なる知識)』は前期ヴェーダ時代(紀元前1500~前1000年頃)に成立したとされるが、そこではブルと呼ばれる城塞都市に立てこもるダーサ(ダスユ)と呼ばれる先住民を、雷神かつ軍神であるインドラが(戦士と御者が乗り2頭ないし4頭の馬が引く)二輪戦車と金属製の武器によって征服していく様が描かれている。

 アーリヤ人は先住民のダーサを「黒い肌の者」と呼び、自分たちの「白い肌」と比べた。さらにダーサは、「牡牛の唇を持つ者」「鼻のない(低い)者」「意味不明の敵意ある言葉をしゃべる者」とも呼ばれている。こうした先住民の多くは、現在、南インドに多く住むドラヴィダ系のひとたちだと考えられている(山崎元一『古代インドの文明と社会』)

 カースト制度というと「ブラフミン(司祭階級)」「クシャトリア(軍人階級)」「ヴァイシャ(商人階級)」「シュードラ(奴隷)」を思い浮かべるが、この身分の区別は「ヴァルナ」と呼ばれている(このうちブラフミンからヴァイシャまでが高位カースト)。ヴァルナの原義は「色」だ。ここから、カースト制の起源は(白い肌の)アーリヤ人による(黒い肌の)先住民の征服にあると考えられている。この4つのカーストの下に、「アンタッチャンブルズ」と呼ばれる不可触民がいる。

 かつて日本列島には狩猟採集生活の縄文人が暮らしていたが、中国大陸(中原)の混乱によって大量の難民が発生し、それに押し出されるようにして、紀元前500年(もしくは前1000年)頃、朝鮮半島南端から弥生人が対馬海峡を渡り、鉄器と農耕技術を持って九州にやってきた。その後、弥生人による縄文人の征服が進み、両者が混血したのが現在の日本人だ。

 だが今日の日本で、「弥生系」と「縄文系」のあいだに身分差別があるなどということはなく、そもそも自分が弥生系なのか縄文系なのか誰も気にしない。弥生人と縄文人という異なる「人種」は、完全に融合してしまったのだ。

 これは日本にかぎったことではなく、地続きであるアジアやヨーロッパでは古来、(侵略をともなう)大規模な人口移動が繰り返され、征服者と先住民が入り乱れ混ざり合ったが、そのような古代の歴史が現在まで尾を引いている地域はほとんどない。

 ところがインドでは、3500年も前に生まれた身分差別が連綿と現在まで受け継がれている。この気の遠くなるようなタイムスパンが、カースト制のいちばんの特徴だ。

路上の床屋(アーグラ)。他人の身体に触れることは「不浄」とされるので、これも低位カーストの仕事とされている                        (Photo:©Alt Invest Com) 


 

カースト制の本質は「人種差別」

 「カースト」の語源はポルトガル語で「血統」を意味する「カスト」で、その後のイギリス統治時代に、インド社会に固有(とみなされた)の複雑な身分・職業区分が「カースト制」として整理された。こうした経緯から「(現在の)カースト制は植民地時代にイギリスがつくった」との主張もあり(これについては次回述べる)、その立場からはカースト制を安易に古代インドにまでさかのぼって説明するのは「偽歴史」と批判されるかもしれない。

 しかしそれにもかかわらず、古代インドの身分差別(ヴァルナ)は現在のインドを理解する鍵となっている。なぜならこれが、「不可触民(アンタッチャブルズ」と呼ばれる差別されているひとたちが、自らの来歴を語る物語だからだ。

 彼らの物語によれば、アーリヤ人という「人種」が先住民という「人種」を支配し、奴隷化したことで身分差別が生まれた。これは時代が異なるものの、アメリカ南部において白人農場主がアフリカの黒人を奴隷として使っていたのと同じだ。すなわちカースト制の本質は「人種差別」であり、反カーストの運動はインド社会に固有の問題ではなく、人種差別に反対する世界的な運動とつながっているのだ。

 作家の山際素男氏はインドの不可触民の実態を日本にもっとも早く伝えた一人で、『不可触民と現代インド』(光文社新書)には、不可触民の政治団体バムセフ委員長によるカースト制度の説明が紹介されている。ちなみにバムセフは、不可触民階層出身ののエリートであるカシム・ラムが創設した政治団体で、2000年当時、会員は140万人を超え、全国に支部と協同組合を組織し、各種新聞を発行するばかりか、インド最大(人口1億4000万人)のウッタル・プラデシュ州ではカシム・ラムの盟友かつパートナーであるマヤワティー女史がBSP(人民大衆党)の党首となり、ヒンドゥー主義政党であるBJP(インド人民党)と連立して州知事の座に着いていた。

 バムセフの委員長は不可触民を「ダリット(虐げられた人、倒れた人)」と呼び、インド社会の85%を占めるという。インド社会はブラフミン、クシャトリア、ヴァイシャの15%の「高位カースト」が政治・経済・行政などすべての権力を握っており、狭義の不可触民だけでなく、ムスリムや仏教徒、シク教徒、さらにヒンドゥーの低位カースト(後進社会階層)を加えた残り85%の国民を“支配”しているのだ。こうした世界観では、高位カーストは征服者であるアーリヤ人の末裔で、大多数のインド人は宗教や身分、職業のちがいにかかわず、誰もが先住民の末裔である「ダリット」ということになる。現代インドは3500年前と同じく、アーリヤ人種(白人)が先住民であるダリット(黒人)を差別し、抑圧し、奴隷化している「人種差別国家」なのだ。

 「カースト制はバラモンたちが作ったものであり、それを先住民に強制したのです」と、バムセフ委員長はいう。

 「彼ら(バラモン)は被征服者であるダリットを3000ものジャーティ(職業区分)に分断し、そのジャーティーの中で互いに憎み合わせ、闘わせてきました。そして一切の知的能力、知識を奪い取り、物事を正しく見、判断する力を根こそぎにしました。

 バラモンの聖典とされるヴェーダを教えることのできるのはバラモンだけであり、クシャトリア、ヴァイシャたちは学ぶことを許されていただけで教えることは禁じられていました。今でも大学などの教授をはじめ、教育者の大半をブラーミンが独占しているのもそのためなのです。ヒンズーの聖典をシュードラが“立ち聞き”していたというだけで、耳に煮えたぎった油を注ぎこまれる罰(死刑)を受けたことは、“マヌ法典”にくり返し出ています」(『不可触民と現代インド』

 不可触民の政治団体の委員長がここまで激しく高位カーストを批判するのは、ナレンドラ・モディ現首相が率いる政権与党BJPが、ヒンドゥトヴァ(ヒンドゥー・ナショナリズム)による民族融和を進めるために、「アーリヤ種族はもともとインドにいた先住民だ」と主張しているからだという。アメリカの人種問題にたとえるなら、これは白人が「人類の故郷はアフリカなのだから、自分たちもアフリカ起源だ」というようなもので、これまで差別されてきたダリットからすれば許しがたい主張なのだ。

ムンバイのドービーガートは洗濯カーストの村。他人の衣服を洗うのは不可触民の仕事とされた      (Photo:©Alt Invest Com) 

作家・橘玲の切れ味鋭い見解が毎週届く!
有料メルマガの
無料お試し購読受付中!
お試しはこちら

幸福の「資本」論|橘玲著 幸福の「資本」論 重版出来!
橘玲著

あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」。あなたが目指すべき人生は?
定価:1,500円(+税) 発行:ダイヤモンド社
購入はコチラ!
世の中の仕組みと人生のデザイン|橘玲のメルマガ配信中! 20日間無料 ザイでしか読めない!橘玲のメルマガ「世の中の仕組みと人生のデザイン」も好評配信中!
月額800円+税
いますぐ試す(20日間無料)

バックナンバー

»関連記事一覧を見る

海外投資必勝マニュアル&本

海外投資のノウハウが凝縮! ここで紹介しているコンテンツ、書籍はすべて、ネットから購入が可能です。さらに「海外投資実践マニュアル」は「海外投資を楽しむ会」の会員になれば割引価格で購入可能です。

作家・橘玲のディープなメルマガ
発売即重版決定! 橘玲の最新刊【幸福の「資本」論】発売!
橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
橘玲×ZAiONLINE海外投資の歩き方
作家・橘玲がメルマガ配信を開始!
subcolumn下影

ページのトップに戻る

本WEBサイトに掲載している全ての記事およびデータについて、その情報源の正確性・確実性・適時性を保証したものではありません。本サイトの提供情報を利用することで被った被害について、当社および情報提供元は一切の責任を負いませ ん。万一、本サイトの提供情報の内容に誤りがあった場合でも、当社および情報提供元は一切責任を負いません。本サイトからアクセス可能な、第三者が運営するサイトのアドレスおよび掲載内容の正確性についても保証するものではなく、このような第三者サイトの利用による損害について、当社は一切責任を負いません。また、併せて下段の「プライバシーポリシー・著作権」もご確認ください。