“通勤難民”を体験し
利便性の高い街を選択

 東日本大震災のショックは、日本人に改めて「住宅の質」を問いかけた。住宅は大前提として、「命を守る器」であり、家族の生活が成り立つ「場」である。「将来の資産価値向上」も大事だが、それ以上に日々の「安心・安全」や「利便性」が重要だと考えられるようになってきた。

 今年6月に東京都中野区に築32年の中古マンションを買った会社員のTさんは、震災直前まで、郊外に建つ新築タワーマンションの分譲に申し込むつもりだった。

「家族でモデルルームを見学して気に入り、新しい生活を思い描いていた。やはり賃貸マンションと最新のタワーマンションの設備は段違い。コンシェルジュサービスもあって、共働きでも子どもが見守られ、安心して育てられると考えていた」とTさん。

 ところが東日本大震災が起きた3月11日。首都圏は交通機関がマヒし、多くの人が帰宅困難に陥った。ウェザーニューズの調べによると、同日の電車通勤者の平均所要時間は8時間30分と、ふだんの7倍以上。郊外に住む人で、夫婦共働きの世帯などは深刻で、「親が迎えに来られない」ケースが相次ぎ、生徒を校舎に宿泊させた中学や高校もあった。

「私はあの日、徒歩4時間半で帰宅できたが、購入を希望していた新築マンションに帰るとすると、所要時間は10時間を超えたはず。どれほど快適かつ機能的なマンションでも、これは現実的ではないと判断した」(Tさん)

 そこで郊外の新築をあきらめただけでなく、ライフスタイルの見直しも行った。これまではただ「広い住まい」にあこがれていたが、エリア重視でオフィスから電車通勤にして20~30分、歩いても2時間程度のところに住まいを構えたいと、設定し直した。都心部に近づくほど、購入できる住まいの広さは限られるが、通勤時間が大幅に浮くことで使える時間は増えるという考えだ。

震災で住宅事情はこう変わった<br />決め手は「安・安・近・利」

「探す対象を中古マンションに切り替え、ウェブで調べて、街を歩き、数件を実際に見たところで、希望どおりの物件に出会えた。総戸数34戸のこぢんまりしたマンションで、地主さんが等価交換方式で建て、自らも居住しながら厳密な管理に取り組んでいるので、古くても程度がいい。住民の入れ替わりも少なく、街としても成熟して、文化的な雰囲気がある」(Tさん)

 いったん部屋をスケルトン(構造)に戻してリノベーション(改修)した物件で、ドアをくぐれば新築と遜色ない内装。設備もコンパクトながらよく考えて選ばれている。広さは68.78平方メートルで、価格は3580万円。同じエリアに新築マンションを探せば、3割以上高くなるはずだ。