福島の原発事故が起こってから、これから原発をどうするか関して、原発はすぐに止めるべきだという反原発の立場と、経済やエネルギー事情を考えると原発を維持すべきだという立場に分かれて、接点が見つからない状況にある。事故以前からも、反原発vs.推進派という2項対立の構図で、議論が交わることはなかった。これでは出口の見つからない、不毛な議論が続く可能性もある。『私たちはこうして「原発大国」を選んだ』の著者で、ジャーナリストの武田徹氏に、2項対立を超え、どのような視点で原発問題を考えていくべきかについて聞いた。(聞き手/ダイヤモンド・オンライン客員編集委員 原 英次郎)

なぜ2項対立的な
議論に陥るのか

反原発vs.原発維持<br />単線的な2項対立を乗り越え、<br />社会の「総リスク」を減らす視点で議論をしよう<br />――ジャーナリスト(恵泉女学園大学教授) 武田徹たけだ とおる/1958年生まれ。国際基督教大学教養学部を経て同大学大学院比較文化研究科博士課程修了。メディアと社会の相関領域を主な執筆対象とする。『流行人類学クロニクル』(日経BP社)、『戦争報道』(ちくま新書)、『NHK問題』(ちくま新書)など著者多数。

――どうして原子力や原発問題は、常に2項対立的な議論に陥ってしまうのでしょうか?

 これはそう簡単な話ではない。複合的な要因が絡み合っていると思います。核あるいは原子力が持つ一種の扱いにくさが、2項対立に陥りやすい前提条件となっている。

 例えば、低線量被爆にしても、結局は分からないことの方が多い。実証的に示せるのであれば、正解に近づけるのでしょうが、そうではない。このように原子力については、危ないと考えればいくらでも危ないと考えられるし、我慢して利益を得ようとすれば、どんどんそちらに走っていく。原子力を止めようとする側にも、進めようとする側にも歯止めがきかないという性質を持っているところに、2項対立を生み出す理由があると思います。