橘玲の世界投資見聞録 2017年7月6日

インドの保守政権を牛耳る
ヒンドゥー至上主義者たちのねじれた民族主義
[橘玲の世界投資見聞録]

ヒンドゥー至上主義派が進める歴史の「書き換え」

 インド政界を支配するヒンドゥー至上主義団体RSSは、反グローバリズムと伝統(復古)主義、ナショナリズムの奇怪な混合物だ。

 インドの歴史は、紀元前3100年から1700年ごろにインダス河流域で興った世界最古の都市文明に始まる。ハラッパ文明は高度な公衆衛生や排水システムを備えたことで知られるが、紀元前2000年紀に消滅してしまう。通説では中央アジアからインドに侵入したアーリヤ人に滅ぼされたとされるが、近年ではインドの古代史学者を中心に、ハラッパ文明はなんらかの理由ですでに衰退しており、アーリヤ人は平和的にインドに移住してきたとの説が唱えられるようになった。こちらはインドの民族主義者に都合のいい歴史観だが、考古学的な証拠もあるので「偽史」と決めつけることはできない。

 ところが1998年にBJPが権力を握ると、ヒンドゥー至上主義派の知識人たちは、ほとんどなんの証拠もないまま、アーリヤ人はインドに生まれた種族で、そこから世界に移住していったという新たな古代史を主張するようになる。「ハラッパ人は実はアーリヤ人だった」のと同時に、ハラッパ文明と、それを受け継いだヴェーダ文明(古典文明)の時代はこれまでの通説より数千年早くなった。その結果、古代インドは中国やメソポタミア、古代ギリシアよりずっと先に文明を築いており、その文明を移住を通して世界に輸出したことで人類の歴史が始まったとされたのだ。

 BJPが連立政権を主導した1998年から2004年まで教育大臣を務めたムハリ・マハノル・ジョシは、政界に入る前は大学の物理学教授でRSSの熱烈な支持者だった。ジョシはさまざまな歴史・社会団体に「新古代史」派を大量に送り込み、歴史の「書き換え」を拒んだ学者たちは契約を更新されなかったり、RSSから悪質な嫌がらせを受けるようになった。その影響はインド国外にも及び、あるインド古代史研究の権威は、客員教授としてアメリカに滞在していたときに、RSSのアメリカ支部に属する在外インド人たちから公の場での発言を妨害されたという。

 次いでBJPは、学校に「新しい歴史教科書」を配布しはじめた。そこでは、ハラッパ人は馬を利用しており、アーリヤ人とハラッパ人は同一だとする説が事実として書かれていた(通説ではアーリヤ人は騎馬民族だが、ハラッパ人の都市文明は馬を知らなかったとされる)。

 RSS版の歴史教科書には、この新説の裏づけとして、2人の古代史学者がハラッパ遺跡から発掘された粘土印の一つに、間違いようのない馬の絵が描かれているのを発見したという話が紹介されている。ところが2000年に、ハーバード大学のサンスクリット学者が、粘土印の馬の絵はコンピュータ画像を操作してでっちあげられたものであることを暴いた。それでも教科書は回収も修正もされなかったという。

 「新しい(インド)歴史教科書」では、ムスリム(イスラーム)はインドの中世期に武力侵攻したとされ、それ以前に交易を通してインド南部に平和的に浸透していた史実は無視されている。仏教はシク教とともにヒンドゥー教の一分派とされ、キリスト教は宗教裁判でインド人を拷問したことだけが書かれている。

 さらに、RSSの歴史教科書では「カースト」という言葉は一度も使われず、インド現代史では、1948年にガンディーが右翼の狂信的なヒンドゥー主義者ナトゥルム・ゴドセに暗殺された事件がきれいに抹消されている。

 このようにして、この20年ほどのあいだにインドの歴史はすっかり書き換えられてしまったのだ。

インドにおけるイスラームの歴史は書き換えられるのか? タージ・マハル(アグラ)       (Photo:©Alt Invest Com) 

 

ヒンドゥー至上主義者は、“理系”の知識人が主導

 インド独立運動を主導した国民会議とRSSのメンバーはどちらもバラモンなど上位カーストの出身者だったが、国民会議派がガンディーやネルーを筆頭に弁護士・ジャーナリストなど“文系”知識人で占められていたのと対照的に、RSSは創設者のヘーゲールワールが医師、二代目代表で「20世紀でもっとも影響力をもったヒンドゥー至上主義者」とされるM.S.ゴルワルカールが動物学者であったように、“理系”の知識人によって主導された。その結果、ヒンドゥー至上主義者のインド観は、19世紀のドイツやフランスの理想主義的民族主義に科学的想像力が加わったものになったとルースはいう。

 RSSの思想を確立した動物学者のゴルワルカールは著書で次のように書く。

 「われわれの究極的なビジョンは(中略)社会を完全に組織化し、一人ひとりが理想的なヒンドゥー教徒の模範になり、社会全体の生きた手足となることである」

 「個々の細胞は体の一部を構成していることを自覚し、体全体の健康と成長のために、つねにみずからを犠牲にする覚悟ができている」

 国家を大地に深く根ざした有機体とみなす「生物学的民族主義」によれば、インドという“聖なる肉体”が健全に成長するためには“細胞”である国民一人ひとりがヒンドゥーに帰依し、文化・伝統共同体に貢献しなければならない。これは当然のことながら、ヒンドゥー的でない“細胞=国民”を異物として排除することになる。

 これについて、ゴルワルカールはこう警告する。

 「ヒンドゥスタン(インド)に住む異人種は、ヒンドゥー文化と言語に同化し、ヒンドゥー宗教に敬意を抱くことを学び、ヒンドゥーの輝ける民族と文化以外に理想を求めてはならない(中略)。そうでなくこの国にとどまるつもりなら、ヒンドゥー国家に完全に従属し、何も主張せず、何の特権も与えられず、市民権はもちろん、わずからながらの優遇さえも期待してはならない」

 とはいえ、政権与党となったBJPがこうした露骨な排外主義を掲げているわけではなく、モディ首相も「全国民とともに」という表現でムスリムとの共存を説くようになった。それにともなってRSSも“寛容”になり、ヒンドゥー教への改宗を希望するムスリムやキリスト教徒のために「ガール・ヴァパシ(ヒンドゥーへの回帰の歓迎)」というプログラムを始めたのだという。

街角の廟で祈るヒンドゥー教徒(チェンナイ)           (Photo:©Alt Invest Com) 

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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