ラホール出身だが「カラチの空」

 ジャベイドさんは幼少期を東部の大都市ラホールに近いファイサラバードで過ごした。父は空軍パイロットで、10歳を過ぎたころには3年間、家族でサウジアラビアに住んでいたこともある。

 初来日は1984年。高校を卒業して18歳のとき、神戸で絨毯販売の仕事をしていた叔父の元にまずは向かった。日本語学校に通った後、医療機器の会社で20年以上働いた。

 2005年に一度、パキスタンに帰った。日本で貯めた資金を元手にラホールで料理店を開いたが、長く日本に住んでいたことで文化や習慣に違和感を感じた。言葉のアクセントも微妙に違ってしまい、長い間外国に住んでいたと現地の人はすぐに気づいた。そんなことから商売で騙されたことも度々だった。

 嫌気が差し、2010年に日本に戻って今の店の経営を始めた。店名の「カラチの空」のカラチは南部の最大都市だが、店を最初に開いた人がつけたのだという。

 八潮にくると、同じパキスタン人でも中部パンジャブ州や西部のバロチスタン州など、地域や民族ごとに壁があったという。ジャベイドさんがかつて住んでいた横浜ではパキスタン人はみんなが仲良くしていた。八潮でもそうしたいと思い、自身はラホール出身だが「カラチの空」の名前のままにした。

 八潮の外からも多くの客を集める。初めはパキスタン人客が多かったが、今では日本人にも美味しいと広まり、パキスタン人と日本人が半々という。

店を訪れていたサルマド・アリさん