橘玲の世界投資見聞録 2017年8月17日

IS(イスラム国)に潜入したドイツ人ジャーナリストが
見た衝撃の内実とは?[橘玲の世界投資見聞録]

首都バグダッドより恵まれていたIS支配下のモースル

 カルト集団ISに支配されたモースルの街はどのような様子だったのだろうか。トーデンヘーファーたちの行動はきわめて制約されていて、自由な取材はまったく許されなかったが、それでも何度か街を歩く機会を得ている。

 まずは、日が落ちてからのモースルの街の描写だ。

 外はもう暗くなっていた。煌々と明かりのついた大学道路に沿って歩く。その沿道はとても賑やかだった。道路沿いのほとんどの店が開いていて、クルミ、レーズン、ドライフルーツ、アイスクリーム、コーヒー、紅茶、その他種々雑多なものが販売されていた。綿あめの屋台もあった。この町は我々がイメージするテロ都市と必ずしも一致するものではない。

 次は、ISが運営する病院(主に戦病者を治療し、ドイツ人の医師もいる)を取材したあとの昼のモースルだ。

 私たちが歩いた商店街は人でいっぱいだった。FCバイエルンの赤いユニフォームを着ている若者を見かけた。私たちが彼を見かけてどうして喜んでいるのか、彼には最初分からなかったが、私たちがミュンヘンから来ていることを聞いてそれを理解した。ユニフォームの背中には背番号7とリベリの名前が書いてあった。ISのFCバイエルンサポーターだ!
 私たちは2人のISの若い交通警察と話をした。一人は24歳で、もう一人は15歳になったばかり。年上の巡査が自分たちの任務を説明してくれた。彼は、「交通警察は、ちゃんとした仕事をするから、評判がよくて人気もあります」と言った。私が、「任務は?」と尋ねると、彼は「できる限り交通を整理することです。我々は人々を助けるためにここにいるのです」と答えた。
 数メートル先にある魚屋のスタンドでは、数十匹の鯉が生きたまま売られていた。鯉が死なないように繰り返し水をかけていた。私はこの光景を見て、ジョージ・W・ブッシュによるイラク侵攻以降、イラク国民が背負わされている困窮と苦悩を思い浮かべた。魚を生きたまま持ち帰る客もいれば、内臓をすぐに取り出してもらう客もいた。

 こうした描写からわかるのは、IS支配下の住民たちはごくふつうの日常生活を営んでおり、トーデンヘーファーの観察では、それは首都バグダッドの生活より恵まれているかもしれないということだ。

 アブー・カターダの説明によると、このような暮らしが可能なのは、ISが石油の闇取引で得た利益を住民の福祉に充てているからだ。しかしこれは、ISがイラクやシリアで置かれた状況を考えれば当然ともいえる。

 1980年代末のモースルの人口は約65万人だが、米軍侵攻後の2002年の調査では約170万人まで激増している。シーア派が主導権を握ったことで、報復や弾圧を恐れた各地のスンニ派住民が避難してきたのだ。

 それに対してISは、7~8割が外国人で構成されている。少数の“よそ者”が安定した支配を行なうには、住民に食べ物と安全を与え、不満を抑える必要があった。トーデンヘーファーがモースルを訪れた2014年末の原油価格は1バレル=60ドル前後だったが、ISは1バレル=12ドルで闇で売っていたという。石油業者にとってはボロ儲けのチャンスで、多少のリスクは意に介さず殺到するだろう。こうやって現金収入を獲得することで、モースルの活気と喧騒が可能になったのだ。

 当然のことながら、ひとびとの生活には制約もある。

 たとえばタバコは禁止で、公の場での喫煙は30回の鞭打ち刑が科せられる(ただし、自宅での喫煙は見逃されている)。音楽も禁止されており、その理由は、「音楽はものによっては心情に影響を及ぼし、鬱病や悲哀を引き起こすという研究がある」からだという。

 その一方で、教育の機会は与えられていて、たとえば(シリア側の)ラッカでは、女子学生はアサド支配地域の大学で勉強することも許されており、多くの女性がそれを利用している。官職に就いている女性もたくさんいるが、クルド人のような女性の戦闘員はいない。もっともISが運営する学校では、子どもたちに3つのことしか教えない。コーラン、法、戦闘だ。

 さらにアブー・カターダによると、こうした「正しい」宗教生活に適応できない場合は出国も認められている。シリアからヨーロッパに向かう場合、出国の斡旋料金は少なくとも600米ドルだという。

キリスト教徒とユダヤ教徒よりもシーア派に厳しいIS

 「イスラム国」を訪れたトーデンヘーファーたちは、金曜礼拝に遭遇する。

 礼拝が始まる直前、すべての商店は扉を閉め、シャッターを下ろした。大きなモスクはひとで溢れ、モスクに入れないひとは上着と頭に被っているものを地面に置き、その上で祈りを捧げていた。

 以下は、説教者が唱えた祈りだ。

 ああ、アッラーよ、不信心者と無神論者と陰謀者を破壊せよ。
 ああ、アッラーよ、アメリカを天と地から襲って破壊せよ。
 ああ、アッラーよ、アメリカの戦闘機を破壊せよ。
 ああ、アッラーよ、アメリカの軍艦を破壊せよ。
 ああ、アッラーよ、アメリカを破壊するためにあなたに捧げられた戦闘員を助けよ。
 ああ、アッラーよ、圧政者と無信心者を全員殺せ。
 ああ、アッラーよ、不信心者を一人残らず殺せ。

 トーデンヘーファーはアブー・カターダに、こうした過激で攻撃的な説教の意味を問う。

 「イスラム国」では、キリスト教徒とユダヤ教徒はジズヤと呼ばれる人頭税ないし庇護税を払えば自分の宗教で定められた生き方ができる(ただし宣教は禁じられている)としたうえで、アブー・カターダはシーア派は背教者であるから、贖罪による(スンニ派への)改宗か死以外に道はないと述べる。

 以下は、トーデンヘーファーとアブー・カターダの会話だ。

――もしイラクとイランのシーア派、世界中の1億5000万人のシーア派が改宗することを拒んだら、全員が殺されるということですか。
「その通り。これまでのように……」
――1億5000万人も?
「1億5000万、2億、5億人、数は関係ありません」
――ヨーロッパにいるすべてのイスラーム教徒が、あなたたちの信仰に改宗しないなら、全員が殺されるのですか。
「私たちの信仰に改宗しない者は、イスラーム教に改宗したとは言えません。邪道を守り通す者には当然、殺される以外の道はありません」
――殺されるのですか?
「間違いなく」

 この異様なインタビューのあと、アブー・カターダは勝ち誇った面持ちで、賞賛の言葉を述べているまわりのIS戦闘員を見た。ドイツからやってきた「異形」の若者は、組織のなかでの自らの地位を守るためにも、誰よりも“狂信”を演じつづけなくてはらなかったのだ。

 このインタビューと金曜礼拝を終えて、トーデンヘーファーは「カルトの国」から俗界に戻ることになる。

 ちなみに、本書の最後で驚くべき“事実”が明かされる。

 アブー・カターダとともにトーデンヘーファーたちに同行した「イギリスのアクセントで話す運転手」は、つねに目出し帽をかぶり、けっして素顔を明かさず、ことあるごとに取材をさえぎり激昂した。彼は瞼がたれさがって半分閉じたような目をして、極端に弓形の鷲鼻をしていた。

 帰国後、トーデンヘーファーは日本人ジャーナリスト、後藤健二氏と湯川遥菜氏がISに殺害されるビデオを見て呆然となる。2人を斬首したのはジハーディ・ジョンと呼ばれるイギリス人だが、そのリズミカルで弾むようなしゃべり方、たいてい半分しか開いていない目、しつこく凝視する眼つき、ボディランゲージ――どれを見ても間違いなくあの「運転手」のものだったのだ……。
 

発売即重版決定! 幸福の「資本」論(橘玲著) 好評発売中

橘 玲(たちばな あきら)

 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』『橘玲の中国私論』(ダイヤモンド社)『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)など。ダイヤモンド社から発売即大幅重版となっている新刊『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』が好評発売中。

橘玲『世の中の仕組みと人生のデザインを毎週木曜日に配信中!(20日間無料体験中) 


作家・橘玲の切れ味鋭い見解が毎週届く!
有料メルマガの
無料お試し購読受付中!
お試しはこちら

幸福の「資本」論|橘玲著 幸福の「資本」論 重版出来!
橘玲著

あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」。あなたが目指すべき人生は?
定価:1,500円(+税) 発行:ダイヤモンド社
購入はコチラ!
世の中の仕組みと人生のデザイン|橘玲のメルマガ配信中! 20日間無料 ザイでしか読めない!橘玲のメルマガ「世の中の仕組みと人生のデザイン」も好評配信中!
月額800円+税
いますぐ試す(20日間無料)

バックナンバー

»関連記事一覧を見る

海外投資必勝マニュアル&本

海外投資のノウハウが凝縮! ここで紹介しているコンテンツ、書籍はすべて、ネットから購入が可能です。さらに「海外投資実践マニュアル」は「海外投資を楽しむ会」の会員になれば割引価格で購入可能です。

作家・橘玲のディープなメルマガ
発売即重版決定! 橘玲の最新刊【幸福の「資本」論】発売!
橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
橘玲×ZAiONLINE海外投資の歩き方
作家・橘玲がメルマガ配信を開始!
subcolumn下影

ページのトップに戻る

本WEBサイトに掲載している全ての記事およびデータについて、その情報源の正確性・確実性・適時性を保証したものではありません。本サイトの提供情報を利用することで被った被害について、当社および情報提供元は一切の責任を負いませ ん。万一、本サイトの提供情報の内容に誤りがあった場合でも、当社および情報提供元は一切責任を負いません。本サイトからアクセス可能な、第三者が運営するサイトのアドレスおよび掲載内容の正確性についても保証するものではなく、このような第三者サイトの利用による損害について、当社は一切責任を負いません。また、併せて下段の「プライバシーポリシー・著作権」もご確認ください。