橘玲の世界投資見聞録 2017年9月28日

ヨーロッパの若い女性がISに渡ろうとする理由とその末路
[橘玲の世界投資見聞録]

サイコパスのビレルのために用意されたかのようなISの世界

 エレルが企画をパリの新聞社に持ち込んだときには、ビレルのメッセージは狂気じみたものになっていた。

 「そこにいるのか?」「そこにいるのか?」「そこにいるのか?」と10ページ以上にわたってメッセージを送ってくるばかりでなく、「実は俺たちはもう結婚している」というのだ。

 驚く「メロディー」に対して、ビレルはいう。

 俺の妻になってくれるよう、君には十分に、そして早くから申し込んでいるよな、だからこのことを裁判官に話して書類を用意してもらった。だから俺たちはもう正式な夫婦なんだ。

 その結婚契約は、「メロディー」がシリアの地を踏んだとたんに有効になる。ビレルが知りたいことはただひとつ。いちばん重要な質問は「君は処女か?」だった。それを婚姻証明書に書き込まなくてはならないのだ。

 ことここにいたって、さすがのエレルも危険を感じるようになる。そこで、ビレルの指示どおりトルコとシリアの国境の町まで行き、渡航を手引きする女の写真を撮ってから記事を書くことにした(指名手配されているビレルはトルコ側に来ることはできない)。

 この撮影に大きなリスクはないはずだったが、国境越えの段取りを決めるなかでビレルが「メロディー」とアラビア語を話す密航業者と同時に話さなくてはならなくなり、エレルは思わす自分の携帯電話を使ってしまった。あとから危険の大きさに気づき、けっきょくトルコへの渡航をとりやめて、ビレルとの一連のやりとりを原稿に書くことに決めた。

 激怒したビレルからは、

「自分を何様だと思っている? 淫売め」
「俺を甘く見たな、お前の相手はテロリスト組織だぞ」
「俺をコケにしやがって。今度はお前が落とし前をつける番だ(爆笑)」

 などという大量の脅迫メッセージが送られてきた。

 その後の調査で、ビレルの本名はラシドといい、年齢は38歳であることがわかった。パリのポルト・ドゥ・クリニャンクールの近くで生まれ、学校へは行ったり行かなかったりして、すぐに学業を放棄。警察からは、窃盗から軽兵器の不法取引、ピストル強盗にいたるありとあらゆる犯罪記録が出てきた。欠席裁判で何度も裁かれ、投獄されたこともあった。

 2003年以降はアメリカのイラク侵攻に反対する組織の主要メンバーになり、ここでアブ・バクル・アル・バクダディと知り合う。2009年から2013年にかけてアフガニスタンに滞在し、ゲリラ戦のテクニックを磨いた。その後パキスタンとリビアに渡り、カダフィ失脚後、2013年にシリアでIS幹部としての活動を始めたとみられている。

 ビレルには20歳、28歳、39歳の3人の妻がおり、少なくとも3人の息子がいた。息子はいずれも13歳以下で、そのうち2人はすでにシリア戦線にいるという。

 こうした経歴を見るかぎり、ビレルはサイコパスか、それにかぎりなく近い人格であることはまちがいない。フランスの市民社会にうまく適応することのできなかったサイコパスは、あるとき自分のために用意されたかのような世界があることに気づく。そこではどれだけ人間を殺しても、拷問してもよく、複数の女を妻として性の饗宴を満喫できるのだ。

 エレルの記事が新聞に掲載される直前、携帯に着信があった。表示された電話番号は、フランスからであることを示す「06」から始まっていた。

 エレルは電話に出た。ビレルだった……。

フランスからシリアに渡った女性に待ち受ける運命とは?

 「メロディー」とビレルになにが起きたかは本を読んでいただくとして、最後に、シリアに渡った女性にどのような運命が待っているのか、『イスラーム国の黒旗のもとに』からエピソードを紹介しよう。

 ノラ・バーシーはアヴィニョンに住む平凡な15歳のフランス人の学生で、将来は医者になることを夢見ていた。シリアに渡る前のフェイスブックの写真はジーンズを履き、エッフェル塔の下でポーズを取って微笑んでいた。

 ノラは2014年1月のある寒い日の朝、荷造りをして学校を出、二度と実家に戻らなかった。パリまで鉄道を用い、ATMカードで550ユーロを引き出し、足跡を隠すために携帯電話を変更した。イスタンブールまで飛行機で行き、それからラッカへ向けて他の飛行機に乗り換えた。

 フランスでは、未成年者の出国は2013年1月1日付の法律制定以来、増加している。この法律によって14歳以上のフランス国民は、両親あるいは法的責任者による出国許可がなくてもヨーロッパを旅行できるようになった。自分の子供は今ごろ教室でぼんやり考えごとでもしているだろうと思っていると、実際にはトルコ行きの飛行機で二度と帰らない旅に向かっていることさえある。

 ノラの家族は必死で娘を探し、第二のフェイスブック・アカウントでパリのIS勧誘員と接触していたことを発見した。失踪の3日後、彼女はシリア・トルコ国境から家族に電話し、自分は大丈夫だがフランスに戻りたくないと伝えた。それから兄とSNSを通じて会話し、火器の使用法を習得したがISと共に戦うことはないだろうといった。

 こうして家族の説得は失敗したのだが、仮にノラが母国に戻ることを希望したとしても前途はきびしい。シリア渡航歴のあるフランス国民は最低でも逮捕拘留され、住居を指定されて、その土地を離れることを禁じられる。あるいは仮拘留されて、そこで彼らが脅威をもたらす危険があるかがはっきりするまで待つことになる。いずれにしても法は厳格に適用され、「テロ計画に関連する犯罪に協力した」罪の被疑者となる。「イスラム国」の実態に絶望したが、母国での監獄暮らしを恐れて死を選ぶ者もいるという。

 その後兄は、シリアにどうにか入国しノラに面会した。ノラは兄に、「私は人生で最大の過ちを犯した」と語った。
 ノラは痩せて病気だった。そのうえ失明していた……。
 

発売即重版決定! 幸福の「資本」論(橘玲著) 好評発売中

橘 玲(たちばな あきら)

 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』『橘玲の中国私論』(ダイヤモンド社)『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)など。ダイヤモンド社から発売即大幅重版となっている新刊『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』が好評発売中。

橘玲『世の中の仕組みと人生のデザインを毎週木曜日に配信中!(20日間無料体験中) 


作家・橘玲の切れ味鋭い見解が毎週届く!
有料メルマガの
無料お試し購読受付中!
お試しはこちら

海外投資必勝マニュアル&本

海外投資のノウハウが凝縮! ここで紹介しているコンテンツ、書籍はすべて、ネットから購入が可能です。さらに「海外投資実践マニュアル」は「海外投資を楽しむ会」の会員になれば割引価格で購入可能です。

作家・橘玲のディープなメルマガ
発売即重版決定! 橘玲の最新刊【幸福の「資本」論】発売!
橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
橘玲×ZAiONLINE海外投資の歩き方
作家・橘玲がメルマガ配信を開始!
subcolumn下影

ページのトップに戻る

本WEBサイトに掲載している全ての記事およびデータについて、その情報源の正確性・確実性・適時性を保証したものではありません。本サイトの提供情報を利用することで被った被害について、当社および情報提供元は一切の責任を負いませ ん。万一、本サイトの提供情報の内容に誤りがあった場合でも、当社および情報提供元は一切責任を負いません。本サイトからアクセス可能な、第三者が運営するサイトのアドレスおよび掲載内容の正確性についても保証するものではなく、このような第三者サイトの利用による損害について、当社は一切責任を負いません。また、併せて下段の「プライバシーポリシー・著作権」もご確認ください。