橘玲の世界投資見聞録 2017年11月9日

気鋭の社会学者が見た
ニューヨークの最底辺とセレブの意外な共通点と超えられない壁
[橘玲の世界投資見聞録]

スディールが潜入した白人エリートの”アッパーグラウンド”

 スディールはニューヨークに拠点を移すとき、ハーレムに住むシャインというドラッグディーラーを紹介してもらう。

 スディールが最初に気づいたのは、ニューヨークのアンダーグラウンドではシカゴのようにギャングが縄張りをめぐって抗争しているわけではないことだ。シャインはハーレムの黒人を相手に商売するのではなく、白人のビジネスマンにコカインの販路を拡大しようとしていた。

 スディールが連れて行かれたのはヘルズキッチン(ミッドタウン)にあるアダルトビデオ店で、マンジュンという南インドからの移民がオーナーだった。ポルノショップやあやしげな飲み屋が集まるその一帯は赤線地帯で、スディールは店の手伝いをしながらヒスパニックの売春婦たちから聞き取り調査を行なう。

 これがフィールドワークの核になるのだが、この本の面白さはじつはニューヨークのアンダーグラウンド事情ではない。スディールはちょっとした偶然から、“アッパーグラウンド”すなわち白人エリートのハイソサエティに潜入する機会を得たのだ。

 ハーヴァード大学で行なわれるソサエティ・オブ・フェローズ(著名な作家や科学者たちの友愛会)のディナーでワイン選びを担当することになったスディールは、魚料理のときに赤ワインを出すなど、ワインについてなんの知識もなかった。そこで付け焼刃の勉強をしたのだが、「1982年物のシャトー・リー……」と、フランス語の単語をどう発音していいかわからず立ち往生してしまう。

 そのとき、「リーオーネィだよ」と囁く若い女性がいた。それがアナリーズで、スディールを脇に引っぱっていくと、白ワインと赤ワインではグラスがちがうことを教え、「そんなに難しいもんじゃないよ。基本的なことをいくつか知っていればいいだけ」といって、急場しのぎのワインの基礎まで伝授してくれた。アナリーズは絵に描いたようなセレブ(良家の子女)だが、10代の大学生の頃、社会勉強だとして親にインドに送り込まれたことがあった。それで、インド人のスディールに興味をもったのだ。

 アナリーズの交友関係は全員が上流階級の子女で、一族の資産を受け継ぐことになる者ばかりだった。その資産は信託(トラスト)に預けられており、彼らを「トラストファリアン」と呼ぶのだという。ジャマイカのレゲエミュージシャンたちはエチオピアのハイレ・セラシエ皇帝をキリストの再来と崇める新興宗教ラスタを信仰し、自らを「ラスタファリアン」と名乗ったが、それと「トラスト」をかけたのだ。

 アナリーズに連れられて上流階級のパーティーに顔を出すようになったスディールだが、そんな頃、奇妙な相談を受けることになる。アナリーズが、同居していた男に3万ドルを盗まれたのだという。

 その恋人もトラストファリアンで、莫大な財産を相続することになっていた。アナリーズとは大学時代からのつき合いで、「お札をパンに挟んで分厚いサンドウィッチにしてバーテンダーに投げつけるわ、20ドル札の束をタクシーの窓から差し込むわ」という所業を繰り返していた。

 そんな彼は自主映画のプロデュースに夢中で、若いスタッフとともにサンダンス映画祭を目指していた。だが信託基金から受け取る金額は決められており、それだけでは制作資金に足りない。そこで、アナリーズが自宅に置いていた現金を勝手に持ち出したのだという。

 アナリーズが困っていたのは、それが友人たちから預かっていたお金だからだ。しかしなぜそんな大金を、しかも現金で自宅に置いておかなければならないのか。

 スディールは嫌な予感がした。そしてその勘は当たった。

 アナリーズは、金持ちの男とデートする女の子たちの面倒をみていた。彼女は、上流階級の子女を専門に扱う高級エスコートクラブのマネージャーだったのだ。

真冬のブルックリン・ブリッジ            (Photo:©Alt Invest Com) 

 

上流階級の娘たちのリアルな会話を描写

 アナリーズが“ビジネス”をはじめたのはちょっとしたきっかけからだった。「社交界の花になって結婚してファッションと慈善活動の人生を送るなんてイヤだ」とニューヨークで一人暮らしを始めたのだが、そんな彼女のまわりには同じように享楽的な生活を送りたい上流階級の娘たちが集まってきた。彼女たちにとってもっとも手っ取り早くお金を稼ぐ方法がリッチな白人男性と“交際”することで、そんな友人が増えたことで、ごく自然にアナリーズがスケジュールを仕切るようになったのだ。

 スディールの本でものすごく面白いのは、そんな“お嬢さま”たちの素の会話が活写されていることだ。彼はフィールドワークの専門家なのだから、彼女たちの言葉づかいをそのまま再現しているのだろう。

 たとえば、一族の歴史を説明しようとすると独立戦争までさかのぼらなければならないというジョジョ。彼女自身も名門イェール大学を出ているが、「卒業してニューヨークに来て、9時5時の仕事をやってみた。ごめん、むり。神様(ジーザス)、生き地獄ってあのことだね。それでパパはあたしを勘当したの。おまえのためだ、だってさ」ということで、いまはアナリーズのところで月に1万ドル稼いでいる。

 そんな超セレブの女性が自分の仕事をスディールに説明するところは、原文と望月衛氏の訳を合わせて紹介しよう。

「Are we fucked up? Probably. I take Vicodin, snort coke, get drunk off my ass. But who doesn’t? あたしらファックされまくり? まあそうだろうね。咳止めやってコークやって、ケツから吹き出すほど酒食らって。でもみんなそうでしょ?」

 次は、アナリーズが女友だちのブリタニーと喧嘩する場面。ブリタニーは「めったに見ないぐらいきれいな若い女の子」で、アナリーズとは大学時代からのつき合いで、彼女の“ビジネス”の稼ぎ頭だった。

 「あんたはあたしがやってること(売春)やんないでしょ」と、まずはブリタニーがアナリーズを批判する。それに続いて出た言葉は、やはり英日併記で紹介しよう。

「That’s the fucking problem, Analise. So unless you know how to make it out there, I’d try to be less fucking bossy. You’ve been a real fucking pain in the ass lately and I’m tired of it.それがファックみたいに問題なんだな。アナリーズ、あたしだったら出かけてってひと仕事やり遂げるってどんなもんか知らないなら、ファックみたいに威張りちらすのちょっとは控えようってするけどねぇ。あんた最近マジでファックみたいにイタいんだよ。あたしゃほとほと疲れたね」

 これに対してアナリーズが、「You’re pissing people off.あんたあっちこっちで人の神経逆撫でしてるんだよ」と反撃する。「Showing up late, not showing up, showing up wasted out of your fucking mind. You can’t piss everyone off, Brittany, and just think it’s okay and nothing will happen. 遅れるわ出てこないわファックみたいにラリって出てくるわ。誰も彼もブチギレさせてどうしようっちゅーのブリタニー。そんなんで大丈夫なんて思ってるならもうどうにもならないよ」

 繰り返すがこれは不良娘ではなく、「階級社会アメリカ」の頂点にいる超セレブのお嬢さまたちの会話なのだ。

クリスマスツリーが飾られたウォルドルフ=アストリアホテルのロビー (Photo:©Alt Invest Com) 

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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