橘玲の世界投資見聞録 2017年11月9日

気鋭の社会学者が見た
ニューヨークの最底辺とセレブの意外な共通点と超えられない壁
[橘玲の世界投資見聞録]

セレブと不良との間にある「文化資本」という壁

 いまやアメリカでは、セレブも不良と同じ話し方をするようになった。しかしスディールは、そこには明確な壁があるという。アナリーズやブリタニーがごく自然にもっていて、ヘルズキッチンの赤線街で春を売る女たちにないものは「文化資本」だ。

 これはフランスの社会学者ピエール・ブルデューが提唱した概念で、金銭以外の、学歴や文化的素養といった「資本」のことをいう――というような難しい話をする必要はない。アナリーズのところではたらくイェール出身のジョジョがきわめて簡潔に説明してくれるからだ。

 あるときジョジョは、レストランで男にふられて泣いている女の子を見かける。彼女がデートクラブから来たことがわかったジョジョは、「気持ちわかるよ」と慰める(このことからわかるように、ジョジョは気のいい女性だ)。するとデート嬢は、ジョジョに将来の相談をはじめた。以下はジョジョによるそのときの描写だ。

「1時間くらいそうしてて、彼女言うわけ。今のクラブもうやめたい、助けてくれる? って。ありえないから。なんで? その子、なんていうか、ガテン系の家の子でしょ。ジュリア・ロバーツがファックしたみたいな? バレエとか芸術とか、そういうのクソわからないでしょって。っていうか、誰かのチンポ舐めてリャいいなんてぜんぜん違うって。だいたいそんなことぜんぜんしなかったりすることもあるし。あんたと人前に出て恥ずかしくない、そういうんじゃないとだめなのよ」

 その場に同席していた、やはり上流階級出身のエスコート嬢が説明をつづける。

「プエルトリコの子たちとか、シロいゴミ(ホワイト・トラッシュ)の連中とか。ほら、家じゃ2段ベッドで寝てました、みたいなヤリマン便女、いるでしょ。あたしらのお客はね、ホテルでウロウロしてお客を探すような女相手にして自分の格下げたりしないわけ」

 ニューヨークには若くてきれいな女の子はいくらでもいる。超リッチな男たちが求めるのは、容姿は当然として、上流階級の集まる場所でごく自然に「名家の(ちょっとやんちゃな)令嬢」を演じられる女性なのだ。そしてこれを演技で学ぶのは無理で、それができるのはホンモノの名家の令嬢だけなのだ。

 ちなみに日本でこれに近い“フィールドワーク”となると、慶応SFCから東京大学大学院で社会学を学び、大手新聞社に就職したあと、退職してデリヘル嬢になった体験を書いた鈴木涼美氏の『身体を売ったらサヨウナラ』だが、それによると日本にはここまではっきりとした「階級(クラス)」のちがいはないようだ。これは急速に世俗化した戦後日本で、そもそも上流階級(ハイソサエティ)の文化がなくなったからだろう。

 なにもかも恵まれたニューヨークのセレブ女性たちの人生はどのようなものなのだろうか。

 画廊をはじめるという夢が破れ、エスコートクラブの経営もうまくいかなくなったアナリーズは、スディールに悩みを打ち明けて「インドに行きたい」という。

「あたしらの部族には目的がない。目標はあるよ、でも目的はない。できることはっていうと、ただ続ける、それだけ」

 それを聞いたスディールは、アナリーズの世界を「フワフワ思い描くグローバル・ロンパー・ルーム」と形容する。社会の底辺で呻吟するたくさんの女性たちを見てきたからだ。そこで思わずいってしまう。

「君の部族の問題はっていうと、君たちはみんな、この世は自分らのものだって思ってるよね。ルールは君たちが作る。変えたくなったらいつでも変えられる。ちょっと売春に手を出したり、インドに出かけていって茶色の小さい子たちに勉強を教えたり――で、それでなにがどうなろうと君らはどうにもならないよね」

 でもアナリーズには、なにを批判されているのかうまく理解できない。

「ぼくが出会う人はほとんどみんな、これでどうなるかってものすごく考えてるよ。建物に勝手に棲みついてる人、ヤクの売人、ギャングのメンバー――あの人たちはみんな、将来どうなるか、必死に考えてる」

「でもあたしの友だちだってみんなそう」と、アナリーズはこたえる。「自分がどうしたらどうなるって、気になるのが人ってもんでしょ。根っこの部分で。だからインドに行くの。あたし、生まれ変わるんだ。あたしの家族はここにいる。でもあたしはしばらく家族の元を離れる。あたし、誰か違う人になるんだ。ずっとそうしたいと思ってた」

ウォール街のクリスマス          (Photo:©Alt Invest Com) 

 

「たゆたう」というニューヨークの生き方

 ニューヨークのアッパーグラウンドとアンダーグラウンドをフィールドワークしたスディールは、その成果を次のようにまとめている。

(a) どう考えてもニューヨークはシカゴじゃない。人の生活は固い絆で結ばれた界隈1つの中で展開する、なんて昔ながらの社会学の考えには、もうさよならすべきだ。
(b) 新しい世界では、文化がすべてを支配する。どんな振る舞いをするか、どんな服を着るか、どんな考え方をするかが、成功のカギの一部になる。
(c) 境界を乗り越えていく力が不可欠である。ニューヨークでは、複数の世界がいやおうなしに覆いかぶさってくる。ポルノショップの店員だろうが、ヤクの売人だろうが、社会の境界を軽やかに越えていけるようにならないといけない。
(d) 貧しい人たちも、あなたやぼくと違わない。違うときもあるってだけだ。

 スディールによれば、グローバル都市で成功のカギは、その場その場でできた社会的な結びつきを使ったり捨てたりする能力にある。役に立つときには利用し、役に立たなくなったら四の五の言わずにさっさと切り捨てるのだ。

「成功するためには決まった界隈や階級や自分のあり方に安住する居心地の良さは捨てないといけない。そういうのを利用しようというときでも、距離を置かないといけない。自分の罪を許し、失敗したらあきらめ、新しい自分を創り、明日を向いて生きるのだ」

 これが“Floating”すなわち「たゆたう」という生き方だ。境界をかろやかに超え、常に生き延びるのにもっとも有利な場所に移動しつづけること。これができなくなると、いずれは社会の最底辺に堕ちて消えていくことになる。

 「グローバルな都市は、キャンヴァスよろしく場を提供する。でもそこから先はそれぞれが自分の手で創っていく」のだ。そしてスディールが見つけたこの原則は、おそらくグローバル都市・東京にもあてはまるだろう。
 

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橘 玲(たちばな あきら)

 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』『橘玲の中国私論』(ダイヤモンド社)『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)など。ダイヤモンド社から発売即大幅重版となっている新刊『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』が好評発売中。

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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