橘玲の世界投資見聞録 2017年11月23日

RCTにより明らかになった
マイクロクレジットの“奇跡の物語”と不都合な真実
[橘玲の世界投資見聞録]

貧困をどのように改善すべきか

 中国やインドなど人口大国の経済成長によって、この10年間に最貧困の多くのひとたちが中間層の仲間入りを果たした。これは素晴らしいことだが、とはいえアフリカなどの地域では貧困問題はまだまだ深刻だ。ここまではすべてのひとが合意するだろうが、その貧困をどのように改善すべきかについてははげしい意見の対立がある。

 開発経済学の“ロックスター”で、アイルランドのロックグループU2のボーカル、ボノの“師匠”でもあるジェフリー・サックスは、『貧困の終焉: 2025年までに世界を変える』などで、援助プログラムへの先進国の支出はまったく不十分で、関与の度合いを大幅に強める必要があると主張した。ゆたかな国々が貧困削減のために拠出しているのは、平均してその富の1%にも満たないのだ。

 それに対して、やはり大物経済学者のウィリアム・イースタリーは『傲慢な援助』でサックスを徹底的に批判した。過去50年のあいだに世界のゆたかな国々は貧困削減のために2兆3000億ドルもの巨費を費やしたが、いまだに世界の半分が貧困で苦しんでいる。これは国連主導の(すなわちサックスが唱える)大規模な開発援助が根本的にまちがっているからだ。いまや「傲慢な援助」からすべて撤退して、現地生まれの小規模で小回りのきくプログラムに力を注ぐべきなのだ。

 この争いは、サックスが鳴り物入りで始めた「ミレニアム・ビレッジ」計画(開発援助のテストケースとして、ケニアなどアフリカの貧しい村に大規模な投資を行なった)がほとんど成果をあげられなかったことから、いまではほぼ決着がついたようだ。現在ではサックスは、流行に敏感な“ロックスター”らしく、貧困から地球温暖化問題へと関心を移している。

 ところがここに、「RCTを使えば“開発援助は善か悪か”という神学論争を回避できる」と主張する経済学者が現われた。当たり前の話だが、援助は効果があることもあれば失敗することもある。だとすればその効果を正確に測定し、効果がない援助をやめ、効果がある援助を増やしていけば、すこしずつでも貧困は解決に向かうはずだ。

 しかし、このようなやり方がほんとうにうまくいくのだろうか。そこでここでは、RCTを開発援助に導入した先駆者であるエステル・デュフロの『貧困と闘う知』と、MITでのデュフロの生徒であり、その後、貧困問題の解決のためにさまざまな斬新な調査を行なっているディーン・カーランと、彼が設立した非営利組織IPA(イノベーションズ・フォー・ポバティ・アクション)のスタッフ、ジェイコブ・アペルの共著『善意で貧困はなくせるのか?』によりながらその成果を概観してみたい(ちなみに、チョコバーが万引される割合を探るRCTの例はこの本からとった)。

マダガスカル、ディエゴ・スアレスの子どもたち  (Photo:cAlt Invest Com)


 

ノーベル平和賞を受賞した経済学者ムハマド・ユヌスの発見

 ノーベル平和賞を受賞したバングラデシュの経済学者ムハマド・ユヌスが生み出したマイクロクレジットの“奇跡の物語”はよく知られているが、その一方で、これほど毀誉褒貶のはげしい開発援助の手法もない。マイクロクレジットは、ほんとうに貧困問題の解決に効果があるのだろうか。

 インドやバングラデシュでは1970年代まで、貧しい農村に支店を開設する公的銀行には補助金付き融資の提供が義務づけられていた。ところが貸し倒れがあいついだことで銀行は破綻寸前になり、政府はプログラムの失敗を認めてこの規定を廃止した。貧者1人あたりの消費を1ドル増やそうとすれば、銀行は3ドル支出しなければならなかったのだ。

 「なにをやっても貧困は解決できない」との悲観論が大勢になるなかで、ムハマド・ユヌスは政府の説明に納得しなかった。農村部ではインフォーマルな融資がたいへんな活況を呈していたからだ。銀行が失敗して金貸しが成功するのは、なにか理由があるはずだ。

 最貧困国での融資が難しいのは、経済学でいう「情報の非対称性」がとてつもなく大きいからだ。

 まず、銀行はどういう相手にお金を貸せばいいのかわからない。次に、お金を貸したひとがちゃんと返済してくれるかどうかがわからない。最後に、返済が止まったとき、どうすれば融資を回収できるかもわからない。なぜなら、貧困国には信用履歴(クレジットスコア)も財務諸表もなく、住所表示すら覚束ないことも珍しくないからだ。当然、顧客には担保になるものもなく、仮に不動産を担保にとったとしても、登記制度が完備していないのでその土地の権利がほんとうにあるのかもわからない。すなわち、暗闇でお金をばらまくようなことになってしまうのだ。

 インフォーマルな金貸しはどうやってこの困難な課題をクリアしているのだろうか。

 ひとつは、知り合いのネットワークのなかで融資を行なうことだ。これなら、借金を何度も踏み倒してきた評判の悪い顧客を避けられる。

 次に金利をきわめて高くして、毎週集金に行くことだ。高金利は事業のリスクが高いからで、毎週の集金は顧客に借金返済の習慣をつけさせるためだ。月1回の返済だと、その間に返済原資を別のことに使ってしまうかもしれない。

 3つ目は、返済の約束を守らなければ家族・親族に肩代わりを求め、最後は暴力を使ってでも回収することだ。

 この3つの要素があれば、貧困地域でもちゃんと金融ビジネスが成立する。

 しかしここで、当然の疑問が湧いてくる。暴利で商売するためには、顧客がちゃんと返済をつづけられなければならない。しかし貧困地域で、そんな高利回りの商売ができるのだろうか。

 ユヌスの発見は、それが可能だというものだった。

 単純化した例では、雑貨商は1週間分の商品を仕入れるために金貸しから10%の金利で1000円を借り、それで1500円を売り上げる。1週間後に集金人に金利分の100円を返済し、ふたたび1000円で商品を仕入れる。この取引を繰り返せば、週10%(年利換算で9700%)というとてつもない高利を払っても毎週400円、月1600円の利益が手元に残る。貧困国のビジネスは、じつはものすごく高利回りなのだ。

 もちろんこれは矛盾だ。だったら彼らはなぜもっとゆたかにならないのか。それは、高利回りの秘訣が事業規模がものすごく小さことにあるからだ。先ほどの雑貨商が事業を拡大しようと2000円借りても、やはり1500円分しか商品は売れず、借金を返せなくなってたちまち破綻してしまう。貧しいひとたちは、お互いにものすごく不利な条件で取引しているのだ。

 だとしたら、インフォーマルな金貸しの手法を利用しつつ、ずっと有利な金利(たとえば年利30%)で少額を融資することで、ひとびとの生活を改善することができるのではないか。これがマイクロクレジットの基本的なアイデアだ。

頭の載せて荷物を運ぶ(アンタナナポリ) (Photo:cAlt Invest Com)
 

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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