橘玲の世界投資見聞録 2017年11月23日

RCTにより明らかになった
マイクロクレジットの“奇跡の物語”と不都合な真実
[橘玲の世界投資見聞録]

高金利の少額融資と毎週の返済を「連帯責任」で行なう

 マイクロクレジットがインフォーマルな金貸しから学んだのは、高金利の少額融資と毎週の回収だ。だが集金人が顧客のところを回るのではなく、グループごとに集会場で返済を行なう。これがユヌスのイノベーションであり、もっとも賛否が分かれるところだが、マイクロクレジットはグループ制、すなわち連帯責任なのだ。

 連帯責任のメソットは、経済学的には次のように説明できる。

 グループは同じ村の女性たちなど、よく知っている者同士で組む。彼女たちはお互いの事情をわかっているので、信頼できる者だけをグループに加え、返済に不安のある者は排除するだろう。これによって銀行は、「誰に貸すべきか」という面倒な問題(逆選択)を解決できる。

 そのうえでグループは、メンバーが借りたお金をちゃんとビジネスに使っているかをお互いに監視する。借りたお金でテレビを買ったりしたら、焦げついた融資は他のメンバーが肩代わりしなければならないのだ。これで銀行は、モラルハザードを監視する必要もなくなる。

 さらに、返済が滞ったときにも連帯責任はちゃんと機能する。住所もない顧客のところに銀行員がたどり着くことは不可能だが、グループのメンバーなら相手の居場所を探すのは簡単だし、いざとなれば家族に返済を求めるだろう(そうでなければ、自分たちが損をすることになる)。

 このように考えると、ユヌスのイノベーションがどのようなものかがわかる。マイクロクレジットは、本来、銀行や金貸しが行なうやっかいな業務の多くを顧客にアウトソースすることによって、ハイリスクな融資を(比較的)低利で行なっても事業を維持することができるのだ。

 マイクロクレジットに対する批判は、主に2つだ。ひとつは、「低利」とはいってもその金利が年利30%から70~80%にもなること。メキシコで上場したマイクロファイナンス大手の「コンパルタモス」の金利は年73%で、これはユヌスの逆鱗に触れて「暴利」と批判された。

 もうひとつは、事業の核である「連帯責任」だ。貧しいひとたちに対して、なんの責任もないにもかかわらず、他人の焦げ付きを弁済させてさらに貧しくするようなことが許されるのだろうか。

 これはいずれも倫理的・道徳的な要素を含むから、感情的な対立になりやすい。マイクロファイナンスを称賛するひとはよい面(貧しいひとたちはみんな「起業家」だ)ばかりに目がいき、批判者は「暴利」と「連帯責任」だけを強調する、というように。

 そこでカーランたちは、RCTを使って高利の貸し出しがほんとうに貧困層の役に立っているかを調べることにした。その方法は、南アフリカのクレジット会社の協力を得て、通常ならハイリスクとして融資を断れられるボーダーラインの申込者にランダムに融資を行なうことだ。これなら、それ以外の条件を同じにして、高利の融資を受けたひとと、受けられなかったひとのその後の生活を比較することができる。

頭に載せて荷物を運ぶ(ディアゴ・スアレス)   (Photo:cAlt Invest Com)

 

マイクロクレジットの“奇跡の物語”と不都合な真実

 結論からいうと、高利の融資はちゃんと役に立っていた。1年後には、ランダムに融資を受けた申請者の方が仕事を持ちつづけている率が相当高く、その結果収入も多かったのだ。借りた本人だけでなく家族全体も、ゆたかになった恩恵をより多く受けていた。世帯収入が多く、貧困ラインを下回る割合が少なかっただけでなく、調査への回答からは、おなかをすかせたまま眠りにつくことも少ないことがわかった。

 このようなプラス効果がある理由も判明した。

 ひとつは、融資のお金が交通関係の支出に充てられていたこと。故障したバイクを修理したり、バス代にすることで、時間どおりに職場に行って、雇用主からペナルティを受けることなくフルタイムで働くことができた。

 もうひとつは、生活の苦しい農村部の親類への送金だ。家族のつながりが強い地域では、親や親族が困っていると住んでいるところを引き払って田舎に帰るしかなくなる。こうして都会での安定した仕事を棒に振ってしまうのだが、融資を受けたことでこのような“悲劇”を避けることができたのだ。

 日本でもどこでも「高利貸し」は悪徳の代名詞だが、RCTの実証研究によれば、彼らは貧困解消に役立っているのだ。

 しかしカーランたちの調査では、マイクロクレジットの“奇跡の物語”に水を差すような結果も明らかになった。融資を受けて事業を大きく拡大できたひとがいたのは確かだが、それはごく一部で、ほぼすべて男性だったのだ(スリランカでの研究では、対象となる男性の年間利益率は平均約80%で、女性はマイナスだった)。

 ここから、マイクロクレジットがなぜうまくいくのかの謎を解き明かすことができる。

 貧しい社会には、さまざまな制約によって、事業家としての才能をもちながらもそれを開花させることができないひとたちが一定数いる。そんなところに「低利」融資を行なうと、目端の利いた彼らは真っ先にその機会を利用して成功する。そのエピソードだけに注目すると、マイクロクレジットがまるで奇跡を起こしたかのように見えるのだ。

 性差別や身分差別などの社会的要因から、どんな社会でも女性より男性の方が事業に成功する割合は高い。マイクロクレジットの融資はたしかに埋もれていた起業家を発掘したが、「すべての女性が起業家になる」というような魔法を使えるわけではないのだ。

 次回は、RCTを使ってマイクロクレジットの連帯責任がどのように評価できるかを見てみたい。

アンタナナポリの雑踏     (Photo:cAlt Invest Com)


 


 

橘 玲(たちばな あきら)

発売即重版決定! 幸福の「資本」論(橘玲著) 好評発売中

 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』『橘玲の中国私論』(ダイヤモンド社)『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)など。ダイヤモンド社から発売即大幅重版となっている新刊『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』が好評発売中。

橘玲『世の中の仕組みと人生のデザインを毎週木曜日に配信中!(20日間無料体験中) 


作家・橘玲の切れ味鋭い見解が毎週届く!
有料メルマガの
無料お試し購読受付中!
お試しはこちら

幸福の「資本」論|橘玲著 幸福の「資本」論 重版出来!
橘玲著

あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」。あなたが目指すべき人生は?
定価:1,650円(税込) 発行:ダイヤモンド社
購入はコチラ!
世の中の仕組みと人生のデザイン|橘玲のメルマガ配信中! 20日間無料 ザイでしか読めない!橘玲のメルマガ「世の中の仕組みと人生のデザイン」も好評配信中!
月額880円(税込)
いますぐ試す(20日間無料)
 

 

バックナンバー

»関連記事一覧を見る

海外投資必勝マニュアル&本

海外投資のノウハウが凝縮! ここで紹介しているコンテンツ、書籍はすべて、ネットから購入が可能です。さらに「海外投資実践マニュアル」は「海外投資を楽しむ会」の会員になれば割引価格で購入可能です。

作家・橘玲のディープなメルマガ
発売即重版決定! 橘玲の最新刊【幸福の「資本」論】発売!
橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
橘玲×ZAiONLINE海外投資の歩き方
作家・橘玲がメルマガ配信を開始!
subcolumn下影

ページのトップに戻る

本WEBサイトに掲載している全ての記事およびデータについて、その情報源の正確性・確実性・適時性を保証したものではありません。本サイトの提供情報を利用することで被った被害について、当社および情報提供元は一切の責任を負いませ ん。万一、本サイトの提供情報の内容に誤りがあった場合でも、当社および情報提供元は一切責任を負いません。本サイトからアクセス可能な、第三者が運営するサイトのアドレスおよび掲載内容の正確性についても保証するものではなく、このような第三者サイトの利用による損害について、当社は一切責任を負いません。また、併せて下段の「プライバシーポリシー・著作権」もご確認ください。