橘玲の世界投資見聞録 2017年12月7日

マイクロクレジットは“奇跡”を起こしたのではなく
貧しい国に「当たり前の世界」を作り出した
[橘玲の世界投資見聞録]


 

マイクロクレジットの“奇跡の物語”への評価とは?

 貧困国への援助でもっとも議論を呼ぶのは、ノーベル平和賞を受賞したバングラデシュの経済学者ムハマド・ユヌスが生み出したマイクロクレジットの“奇跡の物語”への評価だ。その論点は大きく2つで、ひとつは先進国の基準では“暴利”ともいえる利率で融資すること、もうひとつはグループに連帯責任を課し、メンバーの返済が滞ったら他のメンバーに肩代わりさせることだ。

 高利の融資については前回述べたが、RCTによる検証では、金利が高くても融資を受けた方が貧しいひとたちの生活が改善することがわかった。これは意外な結果だが、その理由は貧困層のビジネスの収益率がきわめて高いからだ。

 エステル・デュフロがスリランカの小規模事業(資本金1000ドル以下で1カ月の売上高が平均100ドルの商店や小工場)を対象に行なった実験では、現金100ドルの補助金を受けた場合の月平均の事業利益は月4.6~5.3%(年利55~63%)にも達した。それに対して都市部のインフォーマルな金貸しの月利は3~4%だから、高利のお金を借りてもじゅうぶん元がとれるのだ。

 この実験では、補助金を200ドルに倍にしたグループもあった。100ドルの投資で年利50%超の高い利益をあげられのだから、200ドルの投資ならさらに収益率は高まりそうだが、実際には投資の資本収益率は急減した。その理由は、200ドルを受け取った事業主がお金の半分を生活費に充当したからだ。

 なぜそんなことをするかというと、お金の使い道がなかったからだ。RCTが明らかにしたのは、貧困層の事業収益率はきわめて高いが、その条件は彼らのビジネスがきわめて小規模(マイクロ)であることだ。商店にしても、工場にしても、彼らはものすごく小さなマーケットを相手にしているから、たくさんの補助金をもらってもそれを投資に回すことができない。

 インドのハイデラバードで行なわれたマイクロクレジットの実験も興味深い。こちらはデュフロの弟子で、非営利組織IPA(イノベーションズ・フォー・ポバティ・アクション)を設立したディーン・カーランらが実施した(『善意で貧困はなくせるのか?』)。

 カーランたちは100の地区の住民をランダムに割り振けるのではなく、「起業しているひと」「起業しそうなひと」「起業しそうにないひと」の3つのグループに分け、融資の影響を比較した。起業しそうかどうかは、土地所有の有無や就労年齢の女性の数、家長の妻が読み書きできるかどうか、有給の仕事をもっているかどうか、などのデータから推測した。

 この実験では、きわめて一貫した結果が出た。

 すでに起業している人は、融資によってビジネスをさらに拡大することができた。彼らは、自分の事業にお金を注ぎ込んだ。

 起業しそうなひとにも、マイクロクレジットは良好な効果をもたらした。彼らはアルコールやタバコ、宝くじや道端での一杯のお茶などの「誘惑商品」の消費を切り詰め、耐久財への消費を増やし、裁縫師ならミシン、パン屋ならオーブンというように起業に必要なものを購入した。

 ところが、起業しそうにないひとたちがすべてをぶち壊しにしていた。彼らは耐久財を買うわけでもなく、事業に投資するわけでもなく、ただ「誘惑商品」への消費を増やしただけだった。消費者金融やクレジットカードで思慮のない買い物をして借金漬けになるようなタイプの借り手だったのだ。

マニラのスコーター            (Photo:cAlt Invest Com) 

 

連帯責任が生む矛盾

 では、マイクロクレジットでもっとも論議を呼ぶ連帯責任についてはどうだろうか。連帯責任の利点については前回述べたが、もちろんそこには負の側面もある。

 ひとつは、いうまでもなく、自分になんの非もないのに他人の借金を肩代わりしなければならないことだ。カーランたちがガーナで会ったマーシーという女性は、マイクロクレジットを使って露天商から軽量コンクリート造りの売店へと事業を大きく拡大したが、その代償として仲間の借金計1000ドルを支払うことになった。1000ドルはガーナーの平均年収の1.5倍だから、日本円に換算すれば600万円(日本の平均年収は約400万円)になる。まさに「正直者がバカを見る」の典型だ。

 これほどまで深刻ではないものの、2つめは週に1回、返済のための集会に出なければならないことだ。貧困国では、この集会で健康や衛生、家計管理やDV(夫の暴力)についての情報を提供できるとして高く評価されているが、顧客の側からすれば、銀行窓口なら5分ですむところを2時間もつぶす(下手をすれば1日がかりになる)のは大きな負担だ。

 3つめは、それほどたくさん借りる必要のない顧客に、必要以上に借りさせることだ。これはちょっとわかりにくいが、次のような例で説明できる。

 単純な2人組の連帯責任を考えてみよう。このときあなたが1万円借り、もう1人が10万円借りたとする。あなたが返済できなくなると、相手は1万円を肩代わりする。相手が返済できなければ、あなたは10万円肩代わりする……。こんな理不尽なことにならないようにする方法はひつつしかない。それは、あなたも10万円借りることだ。

 この3つのなかでもっとも深刻なのは、いうまでもなく「正直者が馬鹿を見る」だ。馬鹿を見たひとはすぐにこの矛盾に気づくから、1000ドルを肩代わりしたマーシーもグループを抜けようと考えている。すると、次のような矛盾した状況が生まれる。

 マーシーがグループを抜けられるのは、マイクロクレジットを使わなくてもこれまでどおり融資を受けられると知っているからだろう。なぜそう確信できるかというと、ちゃんと返済してきたという実績があるからだ。そうなると、マイクロクレジットのグループに入ってない方が「優良顧客」と見なされるようになる。連帯責任は、もっとも大切な顧客を排除し、他人の肩代わりを期待する顧客だけを残すことになるのだ。

 もちろん、こうした問題はムハメド・ユヌスにもわかっていた。連帯責任とはいえ、実際には強引に肩代わりさせることはなく、返済が滞ったらいったんグループを解散し、残った者同士であらためてグループを組み直すなどの救済策がしばしば使われた。理不尽な要求を突きつければ優良顧客から離れていってしまうのだから、ビジネスとしてもこれは当然だろう。

 さらにユヌスは、2002年から「グラミンⅡ」という新しい融資制度を始めた。一見するとこれまでとほとんど同じだが、グラミンⅡの特徴は、いっしょに融資を受け、いっしょに返済集会に出ても、融資が個人単位であることだ。

 結果として、グラミンⅡは大成功だった。マイクロクレジットの顧客は24年かけて210万人になったが、グラミンⅡによってわずか2年間で370万人まで膨らんだのだ。

 だとしたら、そもそも連帯責任など不要だったのだろうか。しかしそうすると、マイクロクレジットはなぜうまくいったのか。カーランたちは、その秘密を検証するRCTを行なった。

ムンバイの露天商         (Photo:cAlt Invest Com) 

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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