橘玲の世界投資見聞録 2017年12月29日

アイデンティティ主義がもたらす
さまざまな不愉快な出来事の原因と解決策
[橘玲の世界投資見聞録]

アメリカの白人のあいだで「階級格差」が広がっている

 トランプ政権が誕生したアメリカでは、「白人至上主義」の台頭が危惧されている。アメリカ南部のバージニア州シャーロッツビルでは、南北戦争で南軍の英雄だったロバート・リー将軍の銅像を市内の公園から撤去しようとする計画に白人の極右団体などが反発し、極右の若者が反対派に車で突っ込み死者1名と多数の負傷者が出る事件が起きた。

 これを奴隷制時代の人種差別(レイシズム)の復活とみなすひとも多いが、アメリカ国内ではリベラルな知識人のなかからも、「白人至上主義は白人の優越を主張しているのか」との疑問の声が出てきた。彼らは「現代のアメリカにおいて自分たち白人こそが差別されている」といっているのだから。
『ニューヨーク・タイムズ』のコラムニス、デイヴィド・ブルックスはこれを「白人アイデンティティ主義」と名づけた。自分が白人だということ以外にアイデンティティすなわち“誇りに思うもの”がないひとたち、という意味だ。

 同じ白人でも、ニューヨークやサンフランシスコ、ロサンゼルスなどに暮らす知識層(スペシャリスト)と、廃墟となった工場跡が広がるラストベルトや、キリスト教原理主義者の集まるバイブルベルトの白人労働者階級(ホワイト・ワーキング・クラス)はまったくちがっている。

 アメリカの白人のあいだで「階級格差」が広がっている事実をもっともよく示すのが、ホワイト・ワーキング・クラスの死亡率が増加していることだ。平均寿命が延びつづけているというのに、彼らの平均寿命だけが短くなっている。プリンストン大学のアン・ケース教授とアンガス・ディートン教授は、白人の低学歴層で平均寿命が短くなっている主な原因はドラッグ、アルコール、自殺だとして、これを「絶望死」と名づけた。

 カリフォルニア大学法科大学院で労働法を講じるジョーン・C・ウィリアムズは、自分たち裕福なリベラルはこれまでずっと、有色人種や性的少数者(マイノリティ)への差別を問題にしてきたが、その一方でホワイト・ワーキング・クラスを「ホワイト・トラッシュ(白いゴミ)」と馬鹿にし、無視してきたと指摘する。だが気づいてみれば、彼らこそがアメリカ社会でもっとも不幸で、もっとも苦しんでいるひとびとになっていたのだ。 

[参考記事]
●欧米で台頭する「白人至上主義」は「(マイノリティとなった)白人の文化を尊重せよ」という多文化主義
 

 J.D.ヴァンスの『ヒルビリー・エレジー』は、典型的なラストベルト(さびついた街)で生まれ育った著者が、自身の体験からヒルビリー(田舎者)の「出口なしの世界」を描いて大きな反響を呼んだ。

 ヴァンスは、貧しい子ども時代を送ったオハイオ州の鉄鋼業の町を「当時から現在にいたるまで仕事も希望も失われた地方都市」と呼ぶ。そこに住んでいるのはスコッツ=アイリッシュで、カトリックのアイルランド人(アイリッシュ・アメリカン)ではなく、北アイルランドに移住したプロテスタントのスコットランド人の子孫たちだ。

 ヴァンスの母は薬物中毒で父親はなんども変わり、祖父母に育てられた。友人の多くはアルコールかドラッグに耽溺するか、犯罪に巻き込まれて生命を落とした。そんな境遇からヴァンスが抜け出すきっかけは、高校を出て海兵隊に入隊したことだった。名誉除隊後に奨学金を得てオハイオ州立大学からイェール大学へと進み、名門法律事務所の一員になったのち、リベラルな知識層が気にもかけなかったヒルビリーの存在を世に問うたのだ。

 デール・マハリッジとマイケル・ウィリアムソンの『繁栄からこぼれ落ちたもうひとつのアメリカ』は、1980年代から2009年まで、職を失い放浪の旅に出たひとびとを新聞記者とカメラマンが追った記録だ。ここに登場するのも「出口なし」の状況に陥った貧しい白人たちで、そんな彼らが2017年になってトランプを熱狂的に支持することになる。

 彼らに共通するのは、「アメリカ社会から見捨てられた」という怒りだ。それが「白人」という記号と結びついて強固で偏狭なアイデンティティ(白人至上主義)となり、巨大な政治勢力へと成長した。

ニューヨーク5番街のトランプタワー        (Photo:cAlt Invest Com) 

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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