橘玲の世界投資見聞録 2018年1月5日

2018年はどんな年になるのだろうか?
欧米、中国、日本の政治、経済からひも解く
[橘玲の世界投資見聞録]

リベラル化した“極右”による反移民の主張は
中東欧諸国でも大きな政治勢力となっていくだろう

 EUからの離脱を決めたイギリスの国民投票では、工場がさびれた地方都市で離脱派が圧勝し、ロンドンなどゆたかな都市では残留派が多数を占めた。このことからわかるように、ヨーロッパで起きているポピュリズムも、アメリカと同じく「グローバル化=知識社会化」に適応できない白人労働者層のアイデンティティの危機だ。ここでは「(イギリス人やフランス人という)国民主権を尊重する善良な市民」と、「(EUに象徴される)グローバリズムで荒稼ぎする悪賢いエリート」が対立している。

 しかしヨーロッパではこれに加えて、アフリカや中東からの移民の流入やIS(イスラム国)によるテロという「目の前の危機」がある。フランスのFN(国民戦線)が典型だが、こうした状況ではポピュリズムは「反EU(反グローバリズム)」と「反移民」の二層構造になる。

 2017年のオランダやフランスの選挙ではっきりしたのは、EUから離脱できるのは、ポンドという独自通貨を維持し、シェンゲン協定にも加入せずに入国管理を行なっていたイギリスくらいだということだ。ヨーロッパ大陸の国々はEUにより深く組み込まれており、保守的なひとたちは国家主権をブリュッセルの官僚に奪われるのは気に入らなくても、だからといってユーロから離脱して自国通貨に戻すことまでするつもりはない。そんなことをすれば通貨は暴落し、彼らのもっとも大切な資産である自宅不動産の価値が大きく棄損してしまうだろう。

 オーストリアでは12月に中道右派の国民党と“極右”の自由党による連立政権が発足したが、若干31歳で首相に就任した国民党のクルツ党首は記者会見で、「我々ははっきりと親欧州の方針で一致している」と明言した。イギリスですらEU離脱に苦労し、経済的な恩恵もさほどないことがはっきりした以上、今後、ヨーロッパの“極右”はEU(ユーロ)離脱の看板を下ろし、EU議会で「反EU」を訴えるとともに、「反移民」に政治資源を集中するようになるだろう。

 そのなかで興味深いのは、チェコ下院で第3党に躍り出た「自由と直接民主主義(SPD)」を率いる実業家のトミオ・オカムラ氏だ。名前からわかるようにオカムラ氏は日系で、日本人の父とチェコ人の母のもとで幼少期を東京・板橋の高島平団地で過ごしたという。

 日経新聞2017年11月18日朝刊「中欧、イスラム排斥訴え」の記事によれば、オカムラ氏は母親が体調を崩したのを機に、父親を残してチェコに5歳で移住、母親が長期療養を必要としたため施設で育った。17歳のときにビロード革命で共産党政権が崩壊すると18歳で大学を中退して日本に渡り、「変なガイジン」と笑われながらゴミ収集などの仕事をし、自分と同じように施設育ちの日本人女性と結婚した。3年半でチェコに帰国すると日本語教室を開き、やがて日本人観光客向けのガイド業をはじめ、旅行会社として大成功したのだという。

 日本人の名前と風貌ながら流ちょうにチェコ語を話すオカムラ氏はテレビ番組から出演依頼が殺到する有名人になり、自分のブログに政治的な意見を書き込むようになった。2012年に無所属で上院議員選挙に当選するとその後の大統領選に打って出ようとしたが、集めた署名に問題があるとして門前払いを食う。そこで自らの政党を立ち上げ、2017年10月の下院選挙で22議席を獲得した。フランスからマリーヌ・ルペンをプラハに招待し、FacebookやTwitterなどを選挙運動にどう活用するのか「すべて教えてもらった」という。

 日経新聞のインタビューでオカムラ氏は、「自分たちだけが正しいと思うイスラム教こそが女性やイスラム教徒以外への差別を内に含んでおり、チェコを守るために難民を一人も受け入れるべきではない」とこたえている。2015年秋に人道的見地から大量のシリア難民を受け入れたドイツのメルケル首相は「犯罪者」で、「テロで何百人も死んでいる」「欧州の無責任な政治で、罪もない人が来年も死ぬ」と述べる。

 オカムラ氏のこうした主張は、もはやヨーロッパでは珍しいものではない。彼らは「リベラル」な立場から、「近代的な市民社会を受け入れることができないイスラーム」は世俗的なヨーロッパ社会に居場所はないと主張するのだ。リベラル化した“極右”による反移民の主張はフランス、オランダ、ドイツ、オーストリアだけでなく、ポーランドやハンガリーなど中東欧諸国でも大きな政治勢力となっており、こうした流れは今度も変わらないだろう。

 

「必要悪」として共産党の独裁を人民は受け入れており
今年も変わらないだろう

 中国では習近平へのあからさまな権力集中が起きているが、『橘玲の「中国私論」』で書いたように、私はこれを中国共産党の権力基盤が脆弱になっていることの裏返しだと考えている。胡錦濤の時代は不動産バブルの絶頂期で、ひとびとは“夢”を追うことにしか興味がなかったから、和諧社会を唱えながら「民主、法治、公平、正義」を目指すだけの余裕があった。だが不動産バブルが崩壊して地方都市に次々と鬼城(ゴーストタウン)が生まれ、経済成長も曲がり角に来ると、ひとびとは“夢”への扉が閉じつつあることに気づくようになった。

 そうなれば、自分より先に「うまい汁」を吸った人間に嫉妬や批判、憎悪が集まるのは自然だ。こうして、なりふりかまわぬ“反腐敗”の取り締まりが始まった。

 中国共産党のきわめて特殊なところは、独裁政権であるにもかかわらず汚職に対してきわめて厳しいことだ。新興国はもちろん先進国でも、収賄で死刑になるような「清廉」な国は中国以外にはない。

 その一方で中国社会は、いまだに王朝時代の士大夫のシステムで運営されている。中央から派遣されてくる共産党幹部が「現代の士大夫」で、地方の有力者は彼との「関係(グワンシ)」によって富と地位を手にしようとする。ここから構造的に「腐敗」が生じるのだが、既得権でがんじがらめになった共産党にはそれを防ぐ術はない。

 腐敗を根絶するもっとも効果的な方法は地方政治に民主選挙を導入することで、これなら地方権力を市民=有権者の監視下に置ける。胡錦濤政権のときに「部分的民主化」の実験が行なわれたものの、習近平はこうした方針を撤回し、国民総監視社会の構築に向かっているようだ。たとえ地方の村であっても、民主化は危険すぎると判断したのだろう。

[参考記事]
●IT先進国・中国で進む恐怖の情報管理社会の近未来
 

 中国が抱える問題は、むかしもいまも「ひとが多すぎる」ことだ。中国を省に分けたうえで東アジア・東南アジアの人口を比較すると、もっとも人口が多いのはインドネシア、2番目は日本だが、3番目にくるのは広東省だ。その後、フィリピンを挟んで山東省、河南省が続き、ベトナムのあとは四川省、江蘇省、河北省で、上位10の国・地域のなかの6つが中国の省だ。私たちは国民国家を基準に考える習性が身についているが、中国の省はそれぞれが国のようなもので、歴史や文化はもちろん言葉までちがうのだ。

 中国の長い歴史を見れば、こうした複雑な地域に暮らす14億のひとびとを統治しようとすれば「独裁」以外にないことは明らかだ。すくなくとも中国の大多数のひとびと(とりわけ都市部の富裕層)は、民主政より共産党独裁のほうがはるかにマシだと思っている。

 なんらかの僥倖によって中国で完全な民主選挙が行なわれたとしたら、当選するのは、沿岸部の富を収奪して貧しい内陸部に分配することを約束するポピュリストに決まっている。そのことを知っているからこそ、ひとびとは「必要悪」として共産党の統治を受け入れている。

 こうした事情は今年も変わらないだろうから、経済の減速にともなってさまざまな問題は起こるとしても、中国社会が根底から動揺するようなことにはならないのではないだろうか。


作家・橘玲の切れ味鋭い見解が毎週届く!
有料メルマガの
無料お試し購読受付中!
お試しはこちら

幸福の「資本」論|橘玲著 幸福の「資本」論 重版出来!
橘玲著

あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」。あなたが目指すべき人生は?
定価:1,650円(税込) 発行:ダイヤモンド社
購入はコチラ!
世の中の仕組みと人生のデザイン|橘玲のメルマガ配信中! 20日間無料 ザイでしか読めない!橘玲のメルマガ「世の中の仕組みと人生のデザイン」も好評配信中!
月額880円(税込)
いますぐ試す(20日間無料)
 

 

バックナンバー

»関連記事一覧を見る

海外投資必勝マニュアル&本

海外投資のノウハウが凝縮! ここで紹介しているコンテンツ、書籍はすべて、ネットから購入が可能です。さらに「海外投資実践マニュアル」は「海外投資を楽しむ会」の会員になれば割引価格で購入可能です。

作家・橘玲のディープなメルマガ
発売即重版決定! 橘玲の最新刊【幸福の「資本」論】発売!
橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
橘玲×ZAiONLINE海外投資の歩き方
作家・橘玲がメルマガ配信を開始!
subcolumn下影

ページのトップに戻る

本WEBサイトに掲載している全ての記事およびデータについて、その情報源の正確性・確実性・適時性を保証したものではありません。本サイトの提供情報を利用することで被った被害について、当社および情報提供元は一切の責任を負いませ ん。万一、本サイトの提供情報の内容に誤りがあった場合でも、当社および情報提供元は一切責任を負いません。本サイトからアクセス可能な、第三者が運営するサイトのアドレスおよび掲載内容の正確性についても保証するものではなく、このような第三者サイトの利用による損害について、当社は一切責任を負いません。また、併せて下段の「プライバシーポリシー・著作権」もご確認ください。