橘玲の世界投資見聞録 2018年1月18日

なぜアメリカ社会ではつねに黒人が「人種問題」になるのか
[橘玲の世界投資見聞録]

白人労働者にとって「アメリカ人」であるということは「黒人ではない」ということ

 「無教養で粗野な」「卑屈で野蛮な」「怠惰で放埓な」「猿もどきで好色な」といった形容詞は、南北戦争以前のアメリカでは、アイルランド系カトリック教徒の「人種」的特徴を示すために用いられた。

 南北戦争前のアメリカを訪れたイギリスの旅行者は、「(フィラデルフィアでは)「アイルランド人」呼ばわりされることは、「黒んぼ」呼ばわりされるのと同じくらいひどい侮辱になった」「南部の黒んぼ(カフィー)のほうが北部のアイルランド野郎(バディ)よりも社会的地位が高いように思える」と記している。アイルランド系と黒人が人種的に比較された場合には、黒人のほうが有利に扱われることが多かったのだ。

 南部では、アイルランド系移民はプランテーションの水路工事や排水工事、堤防の建設などをやらされたが、このような労働は命を落としかねないほど危険なものだったため、貴重な奴隷財産に(さらにある記述によれば、ラバにも)やらせるわけにはいかなかった。「黒んぼはとてつもなく高価なので、彼らを危険にさらすわけにはいかない。アイルランド人なら船の外に突き落としても損するものは誰もいない」と当時の文書に記されている。

 北部でもウースターやフィラデルフィアといった都市に住む黒人とアイルランド系は、(南北戦争前の)1830年代初頭までは良き隣人関係を保ち、さしたる軋轢も起こさなかった。両者はそれぞれの音楽伝統やダンスの仕方を教え合うなどして、ともに祭りで騒ぎ、親交を深めていた。

 1869年にイギリスの大学を卒業して渡米し、ジャーナリストとなったラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は、「南北戦争の直後でさえ、シンシナティにおける黒人とアイルランド系の堤防建設労働者は冗談や民話を語るにも、ジグやリールを踊るにもいっしょだったし、互いの方言や言い回しを使っていた」「黒人男性とアイルランド系女性の恋愛も日常茶飯事だった」と書いている。

 しかしその一方で、イギリス人旅行家ジョン・フィンチは1843年に、「自由州の住民の中で黒人に敵意をむき出しにしているのは、民主党とアイルランド系移民内部の貧困層である」という“奇妙な事実”をロンドンの読者向けに報告している。

 1845年の大飢饉のあと、悲惨なアイルランド系移民が合衆国に大量に流入した。彼らは最底辺の仕事をして食いつなぐしかなかったが、だからこそ「黒んぼのように働くこと(work like a nigger)」をことのほか恐れるようになった。

 アイルランド系移民の多いニューヨーク市では、1850年の選挙で彼らが「黒んぼを打倒せよ」と叫ぶだけでなく、「黒んぼを本来いるべき場所のアフリカに追い返せ」とさえ叫んで投票に行ったと記録されている。1863年のニューヨーク市徴兵暴動において黒人に前代未聞の残虐行為をはたらいたのもアイルランド系だった。そうした襲撃があまりにも頻繁だったので、黒人は自分たちに投げつけられる煉瓦片を「アイルランドの紙吹雪」と呼ぶほどだった。

 「白人奴隷」になるのではないかとのアイルランド系の不安を政治的に利用したのが、奴隷制を擁護してリンカーンの共和党と対立した民主党だった。奴隷を所有するプランテーションの地主と奴隷を所有しない白人大衆を団結させるためにも、さらには民主党の南部派と北部派を結束させるためにも、もっとも有効な手段は白人の「血統」意識に訴えることだった。

 1840年代と1850年代にはメキシコとの戦争が起こったり、中国系移民が増加したりしたため、民主党の指導者は「有色」人種に対抗してすべてのヨーロッパ系移民を無条件に白人としてまとめあげる人種計画を進めた。民主党の理論家のほとんどは、「黒い」人種と「白い」人種は別々に創造されたとする人類多元発生説を受け入れるとともに、アイルランド系やそのほかの移民を含み込む形で「白さ」を定義づけた。

 「白人による、白人のための」政府というポピュリズムは、アイルランド系を包摂するのに好都合だった(彼らは、自分たちを「イギリス人」の同類とみなされることをことにほか嫌った)。一方のアイルランド系も、「アイルランドの黒んぼ」と呼ばれながら生きていくことを避けるために自らの白さを強調した。

 このようにして、白人労働者(ホワイト・ワーキングクラス)のアイデンティティがつくられていった。彼らにとって「アメリカ人」であるということは、「黒人ではない」ことと同義なのだ。

 ローディガーの『アメリカにおける白人意識の構築』の原題は「The Wages Of Whiteness(白さの代償)」だ。アメリカ社会はその創成期から「白さ」という呪いをかけられており、だからこそメイフラワー号によるピューリタン(清教徒)の移民(1620年)から400年たったいまでも「黒人問題」が繰り返されるのかもしれない。

ニューヨークのタイムズスクエア   (Photo:@Alt Invest Com) 



 

橘 玲(たちばな あきら)

橘玲のメルマガ 世の中の仕組みと人生のデザイン

作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』『橘玲の中国私論』(ダイヤモンド社)『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)など。最新刊は『専業主婦は2億円損をする』(マガジンハウス社)が好評発売中。

橘玲『世の中の仕組みと人生のデザインを毎週木曜日に配信中!(20日間無料体験中) 


作家・橘玲の切れ味鋭い見解が毎週届く!
有料メルマガの
無料お試し購読受付中!
お試しはこちら

幸福の「資本」論|橘玲著 幸福の「資本」論 重版出来!
橘玲著

あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」。あなたが目指すべき人生は?
定価:1,650円(税込) 発行:ダイヤモンド社
購入はコチラ!
世の中の仕組みと人生のデザイン|橘玲のメルマガ配信中! 20日間無料 ザイでしか読めない!橘玲のメルマガ「世の中の仕組みと人生のデザイン」も好評配信中!
月額880円(税込)
いますぐ試す(20日間無料)
 

 

バックナンバー

»関連記事一覧を見る

海外投資必勝マニュアル&本

海外投資のノウハウが凝縮! ここで紹介しているコンテンツ、書籍はすべて、ネットから購入が可能です。さらに「海外投資実践マニュアル」は「海外投資を楽しむ会」の会員になれば割引価格で購入可能です。

作家・橘玲のディープなメルマガ
発売即重版決定! 橘玲の最新刊【幸福の「資本」論】発売!
橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
橘玲×ZAiONLINE海外投資の歩き方
作家・橘玲がメルマガ配信を開始!
subcolumn下影

ページのトップに戻る

本WEBサイトに掲載している全ての記事およびデータについて、その情報源の正確性・確実性・適時性を保証したものではありません。本サイトの提供情報を利用することで被った被害について、当社および情報提供元は一切の責任を負いませ ん。万一、本サイトの提供情報の内容に誤りがあった場合でも、当社および情報提供元は一切責任を負いません。本サイトからアクセス可能な、第三者が運営するサイトのアドレスおよび掲載内容の正確性についても保証するものではなく、このような第三者サイトの利用による損害について、当社は一切責任を負いません。また、併せて下段の「プライバシーポリシー・著作権」もご確認ください。