長い時で3カ月くらい帰ってこないこともあった

─セカンドキャリアのツアーはいかがでしたか。
 楽し過ぎた感じですね。もう若い時は3日あったら日本に帰ってきてたんですけど、セカンドキャリアは、長い時で3カ月くらい帰ってこないこともありました。

 その辺は全然平気でしたね。行って帰っての時差、フライトの時間を考えたら、帰って時差調整して、また飛んだ後の時差調整する。最低でもそれぞれ3日ずつかかるので、その6日間は現地でオフを取った方が楽だなと考えるようになってました。食事も日本のお米が1カ月なくても全然平気ですし。

─以前は、それができなかったのですよね。
 全然駄目でしたね。もう、和食、和食、和食で。和食も日本の和食じゃないと嫌だという感じでした。180度変わりました。

─それは結婚が大きかったのですか。
 そうですね。モナコに半分ベースを置いて、行き来して、逞しくなったのはあるかもしれませんね。

─今年、セカンドキャリアも終りました。終ったばかりですが、今後やりたいことはありますか。
 前回の引退後、たとえば身体を動かしたくないといって動かさなかったことで、どうなるかということも経験したし、やっぱり自分の年齢ということを考えても、仕事とのスタンス、バランスを考えると、前とは全然違いますから。

 前の時はいろんなことを考えるのに時間が掛かりました。やっとできるようになった時に考えたのが、子供たちとのテニスだったり、解説だったりしたんですが、今回は、やはりテニスとの距離は離したくないので、形は変わるとはいえ、テニスとの関わりは持っていたいということ。

 そして、もっとテニスというものを日本の中に、文化として定着させたいというのがあります。そういう意味では、ハード面、環境整備というものをしていきたいとも思っています。

─最後になりますが、才能というのはどういうものだと思いますか。
 私はいろいろあると思うのですが、テニスでいえばボールを上手く打つということは、才能です。それをいうなら、私はその才能はそれほどある方ではないと思ってます。

 ただ集中力というのは、テニスにはすごく必要なんですけど、ここ一番の集中力というのはかなり高いんじゃないかと思いますね。

 子供たちとテニスをした時にも、よく言ってたのですが、ボールを10球打つ時に、打ち方を教えて1球目でできることは才能です。ただ、1球目にはできないけども、ミスしてもミスしても10球やり続けるというのもひとつの才能だと思います。

 才能には、いろんなものがあります。それを周りにいる大人たちが、その子にある才能を見つけ出したり、気付かせてあげることが大事なんじゃないかと思います。もちろん運を引き寄せられるのも才能かなと思いますけど。

伊達公子

1970年、京都生まれ。89年にプロ転向。ライジングショットの名手である。アジア出身の選手として史上初めてシングルスで世界ランクトップ10に入る。最高位は4位。これは現行システムでの日本人最高位である。WTAツアー、シングルス8勝、ダブルス6勝。17年9月、現役を引退した。エステティックTBC所属。