四半世紀ほど前のことであるが、小売業を営む老店主は、営業を続ける理由として、「商品を仕入れておけば、それが売れて、日銭が入ってくる。光熱費は少しかかるが、それ以外には費用はかからない。だから損しない」と述べた。読者は、この老店主の考えをどう思われるか?

 今回は、前回のコラムで取り上げた「機会費用」をふまえて、老店主の考えについて検討する。

機会費用とは「諦めた利得」のこと

 人はさまざまな意思決定を行っている。サラリーマンの家計では、毎月の給与で生活に必要な財やサービスを購入している。前回のコラムで取り上げたように、高校を卒業すれば、大学に進学するか、就職するかの選択に直面する。

 また、企業に就職して財務を担当すれば、企業内に蓄積された資金を銀行に預金するか、株や債券などの金融資産に投資するかを選択するし、販売を担当すれば、与えられた販売促進費を広告に使うか、リベートなど流通チャネルの整備に使うか、あるいは小売価格の値引きに使うかという意思決定に直面する。さらに、人事を担当すれば、従業員の配属を決めることになろう。

 これらの意思決定はすべて、代替的な用途を持つ希少な資源をいかに配分するかという選択である。代替的用途を持つ希少な資源は、最初の例では給与(カネ)、2つ目の例では二十歳前後の4年間という時間、最後の例では従業員(ヒト)である。

 前回のコラムで述べたように、代替的な用途を持つ希少な資源は、それを特定の用途に用いれば、他の用途に用いることができない。特定の用途に用いるということは、他の用途に用いることを諦めることを意味する。すなわち、他の用途に用いたならば得られたであろう利得を諦めることになる。この「諦めた利得」が機会費用である。