橘玲の世界投資見聞録 2018年2月1日

映画『捜索者』を観たときの強い違和感と陰惨な印象の正体
[橘玲の世界投資見聞録]

映画『捜索者』のストーリーは実話だった

 西部開拓の歴史とはインディアンの土地をヨーロッパから移民した貧しい白人たちが略奪していく過程だが、彼らはそれを「神の意思」だと考えていた。アメリカとは、キリストを信じる敬虔な者たちに神が与えた祝福で、荒野をさまよう者たちは自らを「モーゼの民」の現身(うつしみ)だと信じていた。

 そんな彼らにとってインディアンは、「卑劣で、野蛮で、何の信念も持たない動物、すなわち人間以下の存在」以外の何者でもなかった(カッコ内はフランクル『捜索者』からの引用。以下同)。アメリカ独立宣言のなかでトマス・ジェファーソンは、「無慈悲で野蛮なインディアン、あらゆる年齢、性別、境遇を問わず、すべての人間を無条件に殺戮することを闘いの目的とするインディアンを、フロンティアの開拓者たちに立ち向かわせようとした」と、イギリスのジョージ三世を非難している。

 現在のリベラルな立場からは、インディアンへの復讐に偏執する男を主人公にした『捜索者』の物語設定は「白人中心主義」と呼ぶほかないが、フランクルは著書のなかで、映画のストーリーは創作ではなく実話であることを明らかにする。

 1836年5月19日、「テキサス共和国」の辺境にあるパーカー家の砦がコマンチ族に襲われ、男たちが殺され、9歳の少女シンシア・アンら5人が連れ去られた。そのことを知ったジェームズ・パーカーは、姪たちを奪還するため「捜索者」として生涯を捧げる。ただし史実では、ジェームズは姪を見つけ出すことができず、シンシアは叔父の死後に「発見」されている。その後、シンシアとコマンチ族とのあいだに生まれたクアナという子どもまでが「発見」されたことでアメリカじゅうに知られる大ニュースになった。

 この出来事を第二次世界大戦後、西部を舞台とした娯楽小説を書いていたアラン・ルメイが発掘し、シンシアやクアナではなく、「捜索者」であるジェームズを主人公にした作品を世に出した。これがジョン・フォードの目にとまって、映画化が決まったのだ。

 さらにフランクルは、西部開拓時代にはこれは特別な出来事ではなかったという。

 1682年、マサチューセッツのランカスター村に住んでいたにメアリー・ロウランドソンという女性が3人の子どもとともにナラガンセット・インディアンにさらわれたが、彼女の手記はアメリカで生まれた最初のベストセラーになった。その後、「インディアン虜囚譚」とでも呼ぶべき大衆小説のジャンルが成立する。そのなかでもっとも有名なのがジェイムズ・フェニモア・クーパーの『モヒカン族の最後』(1826)で、イングランド軍の隊長の美しい姉妹が狡猾なインディアンの族長に拉致されるが、それをモヒカン族の若きリーダー(白人との混血児)が救出して恋に落ちる。ダニエル・デイ=ルイス主演で映画化もされたから(『ラスト・オブ・モヒカン』)覚えているひともいるだろう。

 だがこの頃になると、都市に暮らす白人たちのあいだで「残酷な野蛮人」というインディアンへのステレオタイプが崩れてくる。1830年代に書かれた『メアリー・ジェミソン夫人の生涯』では、ニューヨーク西部のセネア・インディアンに囚われた若い白人女性が、文明社会には戻らず、自分を迎え入れたインディアンの部族と生きる道を選ぶのだ。19世紀になると、「白人の男を殺して頭髪を剥ぎ、女を犯し、子どもたちを拉致する」(開拓者たちによる)インディアン像とは別に、「高貴な野蛮人」というもうひとつのイメージがつくられた。インディアンという「未知との遭遇」は、恐怖と憧憬の双方からアメリカ創世の神話に埋め込まれているのだ。

 これに関して興味深いのは、新渡戸稲造がアメリカでの療養中に、知人たちに請われるままに『武士道』を英文で書いたことだ。19世紀末のアメリカの知識層が新渡戸から聞きたかったのは、日本の「正しい歴史」ではなく、高貴な野蛮人としての「サムライ」の物語だった。都市化したアメリカ人にとっては、インディアンもサムライ(武士)も、文明化によって失われた「古き良き騎士道の時代」を思い起こさせるコンテンツだったのだ。――このことはトム・クルーズ主演の『ラスト・サムライ』によく描かれている。

インディアンの聖地、セドナ          (Photo:©️Alt Invest Com) 

 

コマンチ族は白人の憎悪を理解していなかった

 広大な北アメリカに上陸したヨーロッパの白人たちは、当初はごく少数の商人や冒険家で、インディアンと戦ったり奴隷化するのではなく交易によって富を得ようとした。こうしてインディアンは、馬と銃を手に入れることになる。開拓者たちが出会ったのは伝統的社会で暮らす「高貴な野蛮人」ではなく、強力な武装勢力だった。

 そのなかでもコマンチ族は、18世紀半ばにはテキサス西南部でもっとも恐れられる最強の部族となった。彼らにとって戦闘は一つの祭典であり、「敵の肉体をめちゃくちゃにすれば魂を永遠の地獄に落とすことができる」とされていた。コマンチは捕虜を拷問にかけ、手足を切断し、内臓をえぐり、首を切り落とし、頭皮をはいだ。もちろんこうした衝突が起こるのは白人開拓者が彼らの領土を侵食するからだが、その残酷さはヨーロッパ人にはとうてい理解できないものだった。

 だがそれ以上に白人たちの怒りを買ったのは、子どもが拉致されることだった。もともとコマンチには捕虜を奴隷として使う慣習があり、そのため女子どもを連れ去ったのだが、そのうち彼らは奇妙なことに気づく。どういう理由かはわからないが、開拓民たちは白人の子どもを買い戻そうとするのだ。それも、とてつもない大金で。

 こうしてコマンチ族は、白人との接触によって「身代金ビジネス」に手を染めることになる。彼らの論理では、開拓民を襲って女子どもを拉致すればするほど、それは大金となって戻ってくるのだ。

 開拓民がインディアンの領土の最深部に入り込むにつれて、「身代金ビジネス」の格好の標的となって子どもたちが拉致されていく。さらに問題をこじらせたのは、コマンチ族が、白人の捕虜を残酷に扱うと、より高い身代金が取れると学んだことだった。しかし、これがどれほど白人たちの憎悪をかきたてるのかを最後まで理解することはできなかった。

 もちろんこれは、コマンチ(インディアン)には家族の愛情がない、ということではない。コマンチに拉致されたサラ・アン・ホーンというイギリス人女性は、彼らが同胞に対してかぎりなくやさしいことに驚いた。「お互いの連帯心の強さ、自分が飢えてまで乏しい食糧を仲間に分け与えようとする優しさ、それを見たら敬虔なキリスト教徒を自認する白人も、恥ずかしさのあまり赤面するでしょう!」と彼女は書く。「ところが、その彼らが、外部の人間に対してまったく逆の仕打ちをするのです」

 だとすればこれは、典型的な「文明の衝突」だ。フランクルは次のように述べている。

 「コマンチが白人の虜囚を手放さないかぎり平和共存の道はなかった。そしてコマンチは、テキサス人の女子供の拉致がどんなに深い文明的、宗教的、性的、人種的憎悪をもたらすか、ついに理解できなかった。コマンチがごく当たり前のように虜囚に加える残虐行為故に、テキサス人は彼らを人間以下の存在と見なすようになった」

 インディアンに対する大規模な“民族浄化(エスニック・クレンジング)”が始まるのは時間の問題だった。

『捜索者』のオリジナル宣伝ポスター。「彼は彼女を見つけなくてはならなかった…」 

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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