稲盛が語ったように、現在、JAL再生の柱をなしているのが、「意識改革」と「部門別採算制度」である。前者がエンジンなら後者は操縦桿の役割とでも言えようか。インタビューは役職、レベルを問わず、基本的には次の四つの質問を軸に行った。倒産のときに感じた思い、意識改革活動に対する感想、部門別採算制度への取り組み、具体的な活動である定時性世界ナンバー1へのチャレンジ、である。

 第1回目は、JAL倒産後の初代社長となり、この2年の間、再建を牽引してきた大西賢社長に登場願う。

その時感じたのは
やはり事の重大さだった

大西賢(おおにし まさる)/1955年生まれ、東大工学部卒。1978年日本航空入社、2002年整備企画室部長、09年日本エアコミューター社長、2010年2月日本航空社長就任、この2月会長へ。

――1951年、JALは政府の出資も仰ぎ半官半民で設立され、その後ナショナル・フラッグ・キャリアとして順調に成長してきた。それからおよそ60年を経て、よもや倒産などあり得ないと思われていた企業の破たんが、現実のものとなった。

大西 その時感じたのは、やはり事の重大さです。本当に多くの株主や債権者の方がいらっしゃった。一時は、端株までカウントすると44万人の株主がいらっしゃったんです。さらに日常、お取引している先もたくさんある。例えば、空港で食堂を営んでおられる方も、我々が運航停止してしまう、特にそれが我々の単独路線だったりしたら、もう生活成り立たなくなる。本当に世の中多くの方々にご迷惑をおかけすることになるということを、すごく考えました。