橘玲の世界投資見聞録 2018年2月15日

「西部開拓」の名の下、インディアンへの民族浄化を行なった
アメリカ創世記の負の歴史
[橘玲の世界投資見聞録]

シンシア・アンの息子は理想の「インディアン・ヒーロー」となった

 拉致された白人の少女が25年後に発見されたというニュースはじゅうぶんに当時のひとびとを驚かせたが、実はその後、さらに驚くべき出来事が起こる。

 シンシア・アンはインディアンの妻になり、2人の息子と1人の娘をもうけたが、「救出」によって息子たちとは離ればなれになってしまった。

 1875年5月、コマンチが最後の抵抗をあきらめて騎兵隊に降伏した際、長身で屈強なコマンチのリーダーが通訳になにごとかを熱心に話した。聞き終えた通訳は、それを大佐に伝えた。若者の名はクアナといい、白人の母親と妹を探すためにちからを貸してくれないか、といっていた。通訳は、「母親の名はなんとシンシア・アン・パーカーだと言っています」とつけ加えた。シンシアの息子の一人は、コマンチのリーダーになっていたのだ。

 母のシンシアと異なって、息子のクアナについては大量の記録があり、帰順後の人生は細部にいたるまで明らかになっている。それは彼が、当時のアメリカ社会でたちまち“セレブリティ”になったからだ。

 クアナは身長190センチで、ひとを射抜くような灰色がかった青い瞳をして、常に強烈な自信をたたえて威厳があった。クアナと出会った親族の女性は、「彼は逞しい男の素晴らしい見本でした。長身で、筋肉質で、一本の矢のように背筋がすきっと伸びていました。……女性の心を奪わずにおかない男性でした」と述べている。

 だがクアナが有名になった理由は、その外見だけではない。彼はとてつもなく賢く、新しい生活を始めた途端、白人たちが自分になにを期待しているのかを理解した。そして、白人たちが求める理想の「インディアン・ヒーロー」を巧みに演じるようになったのだ。

 当時のベストセラー大衆小説『モヒカン族の最後』(1826)では、イングランド軍の隊長の美しい姉妹が狡猾なインディアンの族長に拉致されるが、それをモヒカン族の若きリーダー、アンカスが救出して恋に落ちる。アンカスはモヒカン族の族長と白人女性とのあいだに生まれたという設定だったが、クアナは自分の父親(シンシアの夫)はコマンチの大酋長だと説明した。――クアナ自身が周到に選別した回顧談についてフランクルは、「うなずけるものも多少あるが、大半は眉唾物と言っていい」と書いている。

 クアナは白人の文明に同化した証として三つ揃いのスーツを着て、革靴を履き、ステッキを持ち、シルクハットをかぶったが、その帽子の下はきれいに編んだ髪を赤い布で包み胸の前に垂らした。それはまさに、ひとびとの思い描いた「高貴な野蛮人」の姿そのものだった。

 こうして社会的な名声を得たクアナは、政府からインディアンに与えられた土地を白人の牧場主に貸与して大きな経済的利益を得た。もちろん白人たちはクアナのもつ「インディアン利権」に与ろうとしたのだが、その一方でクアナに魅了され、彼のためにちからになりたいと思ったことも間違いない。クアナと牧場主たちの友情は終生つづき、彼らがアメリカ政府にはたらきかけたことでワシントンの高官にも知己を得て、クアナは“コマンチ・インディアンの第一族長”の座を不動のものにした。

 クアナは5人の妻をもっていたが、一夫一妻制を「神の命令」と考える当時のアメリカではこれは異例のことだった。それにもかかわらずクアナはアメリカ社交界の名士として受け入れられ、スターハウスと名づけた大邸宅を建て、そこで就任直後のセオドア・ルーズヴェルト大統領をもてなした。

 1911年に大往生をとげるまで、クアナ・パーカーはインディアンの地位向上に尽力した。クアナを悩ませたのは、インディアンを差別する白人よりも進歩的で友好的な白人だった。彼らは善意によって子育てや教育に介入し、インディアンの文化や信仰、言語、家族を破壊しようとしたからだ。

 クアナの葬儀には白人とインディアンが同数割り振られ、参列者は1200人に及んだ。シンシアとクアナの母子の物語は伝説になり、オペラや交響曲がつくられ、芝居や小説になり、「コマンチの白人族長」というコミックまでできた。テキサス州には、クアナ・パーカーを顕彰して、その名も「クアナ」と名づけらえた町が生まれた。

 人口2500人ほどのクアナの町では、毎年夏になると、「テキサス・パーカー」と「コマンチ・パーカー」の一族がお互いの代表を送りあう儀式が行なわれる。クアナの死後100年を記念した2011年の総会はとりわけにぎやかで、シンシア・アンになりきった「テキサス・パーカー」の女性が「1836年5月19日を、わたしは忘れません。あの日、扉の門がひらいて……」と拉致の出来事を演じると、「これは悲劇的な物語です。でも、いろいろな意味で、素晴らしいラヴ・ストーリーでもあるのです」と結んだ。一方、「コマンチ・パーカー」の男性は、「われわれは単なる先住アメリカ人ではない。シンシア・アン・パーカーの子孫であるが故に、アメリカ国民の代表でもあるのだ」と述べた。

 コマンチと白人女性のあいだに生まれ、数奇な運命を生きた男は、「白人とインディアンの和解」を見事に演じきった。そしてふたつの「パーカー家」は、1世紀にわたってその神話を語りつづけているのだ。

「OK牧場の決闘」の舞台となった西部劇の町、トゥームストン  (Photo:cAlt Invest Com) 
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橘 玲(たちばな あきら)

 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』『橘玲の中国私論』(ダイヤモンド社)『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)など。最新刊は『80's エイティーズ ある80年代の物語』(太田出版)が好評発売中。

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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