アラブ 2018年3月2日

[教えて! 尚子先生]
エルサレム問題とは何ですか
~2017年のトランプ大統領の首都認定宣言から~【中東・イスラム初級講座・第45回】

トランプの首都認定宣言の抜け道と混乱

 ところが、アメリカはこうした国際的な批判に考慮するつもりはないようです。2018年2月23日、アメリカは当初、来年中と予定されていたテルアビブからの大使館移転を、イスラエル建国70周年の記念日を迎える5月に前倒しすると発表しました。混迷した状況に拍車がかかることが容易に想像できます。

 大使館移転については迅速に対応するようですが、トランプの認定宣言やその後の発言をよく読むと、「エルサレム大使館法」と同じような抜け道があるように思えます。彼の宣言や発言では、エルサレムの境界線については当事者が話し合うべき課題であるとされているためです。つまり、トランプはエルサレムについて、西だけとも、東だけとも、もちろん両方であるとも判断しておらず、その境界線は最終地位交渉で話し合うべきだとしているのです。

 パレスチナ人やアラブの人々にとっては、アメリカがイスラエルとパレスチナの双方の首都については最終地位交渉で話し合うべきとしていたとしても、首都認定が先にあったのでは、望まないゴールを設定されてしまったと考えずにはいられません。アメリカがイスラエルの首都としてエルサレムを認定した以上、彼らには、パレスチナがエルサレムを首都とすることは諦めろといわれているようにしか聞こえないことでしょう。
 
 アラブ諸国はトランプの首都認定に即座に反発し、2017年12月9日にはアラブ連盟が首都認定を撤回するように求める決議を採択しました。ところが、それ以降のアラブ諸国の動きは、各国の専門家が当初想定していたよりも、かなり冷静で控えめな反応だと評されています。

 これは「アラブの春」以後、各国がむしろ自国内の政治に忙しいのが原因だと考えられています。かつてアラブの盟主であったエジプトでも、アメリカ寄りの軍出身の大統領の出現によって、アラブ諸国への影響力は弱まっています。
 
 また、サウジアラビアもお家騒動と対イラン政策を優先させており、アメリカの機嫌を損ねたくないというのが実情です。パレスチナとヨルダンの首脳陣は、アラブ諸国からの支援があまりに弱いと頭を抱えているといわれています。

 パレスチナでは首都認定宣言に反対する抗議活動によって、すでに死傷者がでています。パレスチナ自治政府内では、日頃は和平交渉のテーブルに着くべきだと主張してきた穏健派のアッバス議長ですら、首都認定宣言に対して抗議活動を呼びかけています。

 アッバス議長派を支持してきた人々は、彼らが和平推進だったからこそ支援してきたのです。ところが、その議長派が抗議を行なうべきと主張すれば、これでは和平に反対してきたハマスとアッバス議長派の差がまったくなくなってしまいます。和平支援者たちはこの状況に困惑せざるをえないようです。

 一方、当初から和平に反対しているハマスは、首都認定宣言に抗議して、ガザから散発的にロケット弾をイスラエルに発射しています。これに応戦したイスラエル軍が、ガザを空爆するという悪循環に陥っています。
 
 アメリカは2018年1月、1月上旬に支払われるはずであった国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)への拠出金1億2500万ドル(約138億円)のうち、6500万ドル(約73億円)を凍結すると発表しました。この凍結について、国務省は「UNRWAの資金の使い方に問題がある」ためであり、「誰かを罰することを狙ったものではない」と説明しています。けれども、その後、トランプは「カネはテーブルの上にある。和平交渉を始めない限り、カネは彼らに行かない」と、国務省とはまったく異なる発言をしています。

 アメリカのかたくなな態度に対して、日本政府は中東和平への貢献策として、農業団地整備やUNRWAへの拠出金を含む4千万ドル(約44億円)のパレスチナ支援を新たに行なうと発表しています。
 
 EUもパレスチナに対し貧困対策や教育支援のために、4250万ユーロ(約58億円)の新規支援を表明しました。拠出金という観点からみると、「アメリカ・ファースト」政策にもとづくトランプの「不払い」というツケを、日本とEUが支払っているという形になっています。

(文:岩永尚子)

著者紹介:岩永尚子(いわなが・なおこ)
日本では珍しい女性中東研究家。津田塾大学博士課程 単位取得退学。在学中に在ヨルダン日本大使館にて勤務。その後も専門のヨルダン教育現場のフィールドワークのために、スーツケースを抱えて現地を駆け回る。2012年まで母校にて非常勤講師として「中東の政治と経済」を担当。近著に『世の中への扉 イスラムの世界 やさしいQ&A』(講談社)。「海外投資を楽しむ会」最初期からのメンバーでもある。

 


 


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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