3月6日、朝鮮半島の核問題を巡る数十年に及ぶ緊張を経て、韓国は、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が非核化に向けて米韓両国と対話する意向を示したと発表。写真は2月、平壌で軍事パレードを見る金正恩氏。提供写真(2018年 ロイター/KCNA)

[6日 ロイター] - 朝鮮半島の核問題を巡る数十年に及ぶ緊張を経て、韓国は6日、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が非核化に向けて米韓両国と対話する意向を示したと発表。

 北朝鮮に核開発の放棄を促してきた過去の対話は、同国の度重なる方針転換や米朝対立によって、失敗の歴史を繰り返してきた。

 これまでの対話の経緯を振り返った。

2003─2009年 6ヵ国協議

 金正恩氏の亡くなった父親、金正日総書記(当時)は2003年1月、1985年に加盟した核兵器不拡散条約(NPT)からの脱退を表明。その3ヵ月後、核兵器の保有を宣言した。

 北朝鮮の核開発計画に平和的な解決を模索する目的で、北朝鮮のほか、韓国、中国、米国、ロシア、日本が参加する第1回の6ヵ国協議が北京で開催された。

 2004─05年にかけて6ヵ国協議は断続的に開催されたが、北朝鮮はミサイル発射実験を継続した。北朝鮮側は、支援と引き換えに実験などの一時停止を申し出る一方、米国などの「敵対的行為」への懸念を表明することが、いつものパターンとなった。