橘玲の世界投資見聞録 2018年3月29日

懲罰的な意味合いの強い日本と違う
幸福度世界第3位のデンマークの「自己責任」論
[橘玲の世界投資見聞録]

デンマークでは「本人の意思」がなによりも尊重される

 デンマーク社会の「自己責任」について、鈴木氏は自身の体験から以下の3つの例を挙げている。いずれも日本では考えにくいケースだろう。

(1) ひどく乱雑な部屋で一人暮らしを続ける高齢の女性。彼女の生活が、大きな写真とともにある日の新聞の一面記事で扱われた。彼女はホームヘルプを受けながら暮らしているが、目がよく見えないため掃除も行き届かず。部屋は目を覆わんばかりの状態だ。自治体から派遣されるホームヘルパーは、やるべき仕事だけを済ませるとさっさと帰っていく。コンロに焦げついた鍋があっても、床に何かがこぼれていても、それらに手をつけるのは責任範囲ではなく、ヘルパーたちには余分なことをする時間的な余裕もない。こんな状態であっても、本人が一人暮らしを望みつづけるあいだは「もう自立生活は難しいから、老人ホームに入るべきだ」と干渉することはない。

(2) 交通事故で脳挫傷になり、重篤な状態で入院した(鈴木氏の)友人の男性。開頭手術をくりかえし受けつつ、リハビリを続けていた。しかし、退屈な病院での生活に嫌気がさし、ある日、自主退院を決めて「脱走」。まだ退院が許されたわけではなかったが、本人の意思である以上、強制的に再入院はさせられない。病院からの措置はとられず。その後も彼は予定された手術をすっぽかし、アパートで飲酒・喫煙をする生活を続けた。結局、数か月後にアパートで息を引き取っているのが見つかった。家族もないため、アパートは競売にかけられ、本人は無縁墓地で眠っている。

(3) 軽度の認知症をもち、筆者(鈴木氏)の勤務する老人ホームに入っているある女性。うつの傾向があり、過剰に飲酒をする。ほとんど介護も要らず、足腰も丈夫なため、カートを引いて重い「瓶」をたくさん買ってくる。ホームの職員はそれを承知のうえで、「いってらっしゃい」と送り出すしかない。そして食事をほとんど摂らないままに、朝からビール、昼間からワインという生活を数年間続けている。自分で身のまわりのことができるため、職員がするのはあまり手のつけられることのない食事を運び、抗うつ剤を投与するくらいだ。他の入居者との交流も好まないため、そのあいだもひとり部屋にこもって数知れない空き瓶を生み出していく。本人のお金で、自室で飲んでいるのだから、当人の自由という理解だ。

 デンマークでは「本人の意思」がなによりも尊重される。子どもが幼稚園や学校に入る年齢は発達段階に応じて親が自ら決定できるし、学力達成度に不安があれば留年もでき、学区などに関係なく学校は自由に選べ、自分に合わなければ変えられる。子どもを学校に通わせずに個人指導で学習させることも可能だ。

 学校にはジュースや果物を間食として持ってきて、授業中でも食べることができる。自由な学習形態を売りにしている学校では、生徒の学び方に合わせて、廊下や床に寝そべって勉強したり、音楽をイヤホンで聴きながら課題に取り組むことも許されるという。

 高齢者に対しても同様に本人の意思が最大限に尊重され、ホームヘルプ制度などを利用して自治体は高齢者の自立した生活を支援し、老人ホームに入るのは本人が同意してからだ。その老人ホームでも飲酒や喫煙ができ、訪問者の差し入れや訪問時間が管理されることもない。

 「その人なりの生き方を許容するのがデンマーク社会であり、人に価値を押しつけたり、型にはめるたけに矯正することはない」と鈴木氏はいう。この国では、どんなひとであっても、「あなたはあなたのままでいていい」のだ。

ドラッグ濫用もホームレスになるのも自己責任

 個人の意思をなによりも尊重する社会では、食べ過ぎで太るのも、アルコールやドラッグを濫用するのも、ドロップアウトしてホームレスになるのも本人の自由=自己責任ということになる。

 デンマークでは「1日に6つの野菜・果物を600グラム食べよう」「魚を週2回食べよう」などの健康キャンペーンがさかんに行なわれているが、過体重や肥満を患う国民は激増している。2001年の調査ではデンマーク人の男性の42%、女性の37%がBMI25から29.9の「過体重」で、成人全体の15%がBMI30を超える「肥満」だった。

 子どもの肥満も深刻で、14歳から16歳の過体重は30年前に比べて3倍に増加した。専門家によれば、いまや14%の子どもが過体重にあたり、低年齢の7歳から10歳までの女児では5人に1人以上が過体重だという。

 子どもの肥満はいじめを受ける最大の原因で、自信喪失や学業の妨げになっている。そのため一部の学校では完全無料の給食制度で肥満を防ぐ試みが始まっており、自治体では栄養学、教育学、心理学など分野を超えた専門家が集まって過体重児の治療をしている。ただしここでも「個人の意思尊重」の原則は貫徹されており、「いかなる援助も子どもに強制するものであってはならず、当人が助けを求めてはじめて発効する」とされている。

 デンマークの法律は「16歳未満の若者に対してアルコール飲料を販売してはならない」「レストランやバーなどは18歳未満の若者にアルコール飲料(ライトビールなら可)を提供してはならない」としているだけで、親が買ってきたアルコール飲料を自宅で飲むことにはなんの規制もない。

 その結果、14歳以上のデンマーク人は平均して1人あたり年間11.6リットルの純アルコールを消費している。これは毎週フルボトルのワインを2本以上飲んでいる計算で、アルコ―ル関連の疾患は全死因の6%にものぼる。

 度を超した飲酒行動に加え、青少年のあいだではエクスタシー、コカイン、アンフェタミンなどの薬物が広がっている。デンマークは薬物濫用による死者の割合がヨーロッパでもっとも高い国のひとつで、人口100万人あたりの薬物関連の死者数は50人を超える。それに対してスウェーデンは20人ほど、大麻など一部のドラッグが合法化されているオランダは10人ほどだ。

 薬物中毒の治療にはメタドンという鎮痛剤が使われるが、このメタドン自体も依存性が高く、ヘロインから抜け出すより難しいといわれる。そのためメタドンからより危険性の少ないブプレノフィンに変えることが勧告されているが、最初はあまり効かず、他の薬剤と混合して服用すると気分が悪くなることから患者にはあまり好まれない。

 ここでも「患者本人の意思の尊重」は徹底しており。薬物中毒者の約3分の1を抱えるコペンハーゲン市では、「薬物濫用者に治療を受けさせ、治療を継続することが優先事項であるため、患者がメタドンが欲しいといえば与え、ブプレノフィンは嫌だといわれれば強制はしない」方針だという。


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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