3月30日、ノーベル平和賞受賞者のマララ・ユスフザイさんは、武装勢力タリバンによる厳格なイスラム法解釈の恐怖の下で2年間暮らした記憶にもかかわらず、パキスタン北西部の風光明媚な故郷スワト渓谷を思い焦がれていたと語る。イスラマバードでインタビューに応じるマララさん(2018年 ロイター/Saiyna Bashir)

[イスラマバード 30日 ロイター] - ノーベル平和賞受賞者のマララ・ユスフザイさんは、武装勢力タリバンによる厳格なイスラム法解釈の恐怖の下で2年間暮らした記憶にもかかわらず、パキスタン北西部の風光明媚な故郷スワト渓谷を思い焦がれていたと語る。

 女子教育の重要性を自身のブログで訴えたことで、2012年にタリバンに頭部を撃たれ重傷を負ったマララさんは、銃撃後初となる母国への帰郷を果たした。

 20歳のマララさんは、パキスタンのイスラム的価値に反する考えを広めているとする国内の批判に反論する。「私は自分の宗教を誇りに思い、国を誇りに思っている」と、マララさんは30日、滞在先のイスラマバードのホテルでロイターに語った。

 バラ模様のスカーフにゆったりしたチュニックとパンツ姿のマララさんは、母国に戻って非常に喜んでいると話した。身に着けた服は、英オックスフォード大で学ぶマララさんに、パキスタンの家族や友人が送り届けてくれたものの1つだという。

 マララさんは翌31日、厳重な警備に守られながら、ヘリコプターでスワト渓谷にある子供時代の家を訪問した。

「パキスタンの全てが懐かしい。川や山はもちろん、自宅の周りの汚い通りやゴミ、友達や、学校生活について友達とおしゃべりしたこと、近所の人とけんかしとまでが懐かしい」