筆者の取材先は、同世代の30代になったばかりの財務官僚たちで、まだ現場の最前線に立ったばかり。本当の意味での政治のしがらみや、組織の不文律を知っていたわけではなかった。

 彼らは、ほんの少し国家権力中枢に関する仕事をしているとの機微に触れるような経験はしていたが、むしろ、その部分だけで全体を理解したかのような気になっていた。自分が、「国家を動かしているような気持ち」になっていた人もいただろう。だが、それも致し方ない話だ。取材者である筆者でさえも、彼らのそうした熱い空気に触れ、自分もその“一員”になったかのような錯覚を覚えたのだから。

接待汚職事件で
権力をそがれていく

 筆者と同世代である平成ひと桁入省の財務官僚は、バブルの残り香を感じつつも、大蔵省接待汚職事件(1998年)の余波で、歴史ある「大蔵省」の看板を失い、証券局や銀行局が分離されるなど、巨大な権力を大きくそがれていくという実体験を持っている。

 また、その後に吹き荒れた官僚バッシングの嵐にさらされながら、「天下り」という最高級の“人参”を始めとする、将来受けられるはずだった特権を次々と失っていく様を、目の当たりにしてきた世代だ。

 先輩官僚たちは、20代で地方の税務署長として赴任し、その土地で一番の料亭で高級接待を受けていた。それが居酒屋になり、割り勘が常識となっていった。

 それでも、財務省は「官の中の官」であり続けた。財務官僚たちは、表向きは身を潜め、しかし水面下では、警察官僚をも凌駕する一糸乱れぬ統率力と、寝技を駆使した政治力を使い、しぶとく、そしてしたたかに自分たちの既得権益を取り戻していった。