朝原 ケガをしてからは、アメリカでトレーニングをしました。アメリカのコーチは本当に論理的で、オーバーワークをまったくやらせなかった。「僕、まだ元気なんですけど」という状態でも、「今日はもうここで終わり」と。

小室 自分では「もうちょっといける」「やりたい」と言っても、コーチがストップしてくれたんですね。

朝原 回復にかかる時間などをトータルで考えると、今これ以上やることで逆にトレーニングの全体量が減るって言うんです。そういう考えで指導してくれるコーチがいたから、当時の年齢に合ったトレーニングができるようになった。

「次はもうない」と思っていた
36歳の五輪で銅メダルの衝撃

小室 本来、ビジネスの場でも管理職がそうであるべきですね。管理者が、部下1人ひとりのコンディションを俯瞰した目で見て、本人がどんなに残業したいと言っても「結果的に、納期直前に倒れたら元も子もないよ」と。

 スポーツの世界は、才能を持つ人は代えがたい存在だという認識が共有されていますが、ビジネスにおける管理職も、部下に対して同じ発想が少しでもあれば、マネジメントが変わってくると思います。

朝原 いくらでも負荷がかけられるわけではないというのは、選手もビジネスパーソンも一緒ですからね。

小室 朝原さんは2008年、36歳のとき北京オリンピックで銅メダルを獲りました。陸上界において36歳でメダル獲得というのは、かなり珍しいのではないかと思います。そこに至るまで、競技を続けるかどうか悩まれた時期もありましたか。