家族3人は現在、古ぼけた民家を借りている。Aさんは、その家の3畳間に暮らしている。

 この地域では、近所付き合いがほとんどない。隣の住宅まで適度に離れている。

「家の中にまったく逃げ場がありません。僕も、事件の被疑者になるのではと思ったことが何度もあるんです」

 だから、Aさんは狭くても1人で生活できるような住居を探しているという。

「精神的にも相当参っています。でも、家の中で、そういう話をするわけにもいかない。お金がないという話をこうやって外部にお話しするのも、家族は嫌がるんです」

相談できるのは遠くの他人だけ
さらなる孤立にあせる当事者たち

 ここまで追いつめられている状況で、この期に及んでもなお、恥ずかしがるのは、別にAさんの家族だけの話ではない。

 地方へ行くほど、「家の恥」だと思い込んで隠し続ける。困ったことがあっても、なかなか周囲に「助けて」と言えない。わざわざ知らない町へ出かけていって見知らぬ相手に相談したり、遠い町の相談機関に電話したりすることは、日本ではよくあることだ。

「うちには固定電話がない。クレジットカードが止められたら、携帯もつながらなくなり、池上さんとも連絡がとれなくなる。携帯がなくなってしまうと、周囲からますます孤立する。だから、あせっているんです」

 生活保護を申請しようにも、年金暮らしの親と同居している限り、難しいらしい。Aさんが独立して、住所がなければ、申請することができないというのである。

 このように、長期にわたる引きこもり状態によって、これからどのように生活していけばいいのか。途方に暮れているのは、Aさんの家族だけではない。

 前回の連載でも触れたように、制度の谷間にこぼれ落ちた人たちのセーフティーネットをどう構築していくべきなのか。本当に助けを求めている弱者に、余裕のある人たちが、いかに手を差し伸べたり、支えたりできるかどうかが、いま問われている。