高齢者が若い時よりも今のほうが幸福だと感じている理由
それ以外にも『PRE-SUASION』には、注意を操り「特権的瞬間」を生み出すためのさまざまな戦略が紹介されている。
詳しくは本を読んでほしいのだが、チャルディーニは以下の6つの要素に対して、ひとは無意識のうちに強く注意をひきつけられるという。それは(1)性的なもの、(2)身の危険を感じさせるもの、(3)身のまわり(環境)の変化、(4)自分と関係しているもの、(5)未完了のもの、(6)ミステリアスなものだ。すぐれた娯楽作品は、これらの要素を上手に組み合わせることで読者や観客の注意を独占する。
もうひとつ興味深かったのは、年齢と幸福度の関係を「注意」で説明するところだ。
さまざまな幸福度の調査で、高齢者は、若く、強く、健康だった昔よりも幸福だと感じていることがわかっている。これは一見、不思議に思えるが、チャルディーニは「高齢者たちは単に、生活のあらゆる否定的な側面を扱っている時間など、自分にはないと確信している」からだという。
稀少なものに高い価値があるとすれば、老いや死を意識することは、残された(短い)人生の時間価値を高騰させるはずだ。そんな高価なものを、不満や恨みつらみなど、ネガティブなことに費やすほど無駄なことはない。
「高齢者は若い人たちよりも肯定的な記憶を思い出し、気分の良くなる考えを受け入れ、自分に都合の良い情報を探して心にとどめ、幸福な顔を探したり、じっと見つめたりします。そして、持っている消費財の良い面に注目するのです」とチャルディーニはいう。
もちろん、すべてのひとがこんなにポジティブになれるわけではないだろう。だが幸福は(かなりの程度)主観的なものなのだから、「明るい境地へ向かう場所に自らの注意を集中させる」ことがもっとも効果的なのだ。
チャルディーニはこの本を、次の言葉で締めくくっている。
「あらゆる選択のほとんどで、私たちがどんな人間であるかは、その選択を行う直前に、注意という観点から見て私たちがどこにいるかで決まります」
橘 玲(たちばな あきら)
作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)、『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)、『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)など。最新刊は、『朝日ぎらい よりよい世界のためのリベラル進化論』(朝日新書) 。
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