個の強さと組織力のセネガルを止めるには、
吉田麻也の緻密な経験こそが必要

 アルベルト・ザッケローニ監督の下で優勝を勝ち取った、2011年1月のアジアカップから日本代表に名前を連ね続けてきた。前年のワールドカップ・南アフリカ大会で決勝トーナメント進出を果たした日本は、ちょうど世代交代への過渡期にあった。

 南アフリカ大会で最終ラインを支えた中澤佑二(横浜F・マリノス)、田中マルクス闘莉王(当時名古屋グランパス、現京都サンガ)はそろって選外となり、バトンは当時22歳の吉田へ託された。自らのサッカー人生に刻んできた、83もの日本代表キャップを吉田はこう振り返ったことがある。

「いきなりチャンスをもらえて、しかもずっと出場することができた点で僕は幸運でした。ただ、サウサンプトンで試合に出られない時期も長かった中で、代表で結果を出さなければ次はない、という状況に常に立たされているとも思ってきました」

 ザックジャパン時代に失点がかさんだ時期には、ファンやサポーターから厳しい批判にさらされた。前回ブラジル大会はグループリーグの3試合すべてで先発フル出場しながら、日本は1勝もあげることができず、グループCの最下位で姿を消した。最終戦で4失点を喫したコロンビアに、今大会では最高の形でリベンジを果たした。

「前回のブラジル大会の反省を踏まえて、今シーズンはしっかりと試合に出て、コンスタントに自分のフィットネスをキープして、いい状態でワールドカップに臨むことが大事になると思っていた」

 サウサンプトンにおける2年目だった2013-14シーズンを振り返れば、現在はトッテナム・ホットスパーを率いるマウリシオ・ポチェッティーノ監督の信頼を勝ち取ることができず、リーグ戦ではわずか8試合の出場に甘んじていた。

 翻って2017-18シーズンは、ワールドカップイヤーに入って怪我で戦線離脱を強いられた時期を除いてはコンスタントに出場。サウサンプトンを何とかプレミアリーグに残留させて、モードをワールドカップ仕様に切り替えた。

 グループHで最強と評価されていたポーランドを攻守両面で圧倒したセネガルは、過去の最高位だった2002年日韓共催大会のベスト8以上を狙えるダークホースであることが分かった。突出した個の強さに組織力を融合させ、マネを筆頭に規律も守るセネガルは、日本にとって未知の脅威となる。

 だからこそ、プレミアリーグの舞台でスピードや高さ、パワーを武器とするアタッカーたちに体を張って対峙し、思考回路もフル回転させてきた吉田の濃密な経験が日本の武器になる。西野ジャパンになって5試合目で初めてクリーンシートが達成される、つまり最低でもスコアレスドロー勝ち点1を獲得した時に、西野ジャパンがまた一歩、グループリーグ突破へと近づく。