橘玲の世界投資見聞録 2018年8月2日

ロシア有数のリゾート地ソチが臨む
黒海という存在
[橘玲の世界投資見聞録]

旧約聖書の「ノアの箱舟」は黒海が舞台だった!?

 1990年代になると、黒海海底の地質調査からさらに奇妙な事実が明らかになった。

 海底の地層のうち、低層では淡水生物の遺物が、上層では海洋生物の遺物が発見された。ここまでは予想どおりだが、その間の移行を示す地層が見つからなかったのだ。これは、淡水生物が棲息していた時期と、それが海洋の生き物に取って代わった時期がきわめて近接していることを示している。

 より詳細な調査では、この変化はおそらく7500年ほど前、紀元前5500年頃に起きたとされた。この時期、原黒海の湖面は現在より150メートル低い位置にあり、湖面下の地層にはっきりとその痕跡をとどめている。

 こうした事実を積み上げたうえで、研究者は驚くべき説を唱えることになる。

 海面上昇で地中海の海水が湖に流入するようになったが、それは最初はわずかな流れだった。だが150メートルもの落差と地中海の巨大な圧力を考えれば、それはたちまち奔流となって押し寄せたはずだ。もっとも大胆な推測では、これによって海と湖が同じ水位に達するのにわずか6日間しかかからなかった。

 紀元前5500年といえば、ナイル川やティグリス・ユーフラテス川流域で最初期の文明が興り、地中海の島々では船による交易が始まっていた。黒海沿岸でもひとびとが農耕・定住生活を送っていたことはじゅうぶんに考えられる。

 そしてこのひとたちは、黒海誕生というとてつもない自然の驚異を体験することになった。わずか6日のあいだに150メートルも水位が上昇すれば、沿岸部の村々はたちまち飲み込まれ全滅しただろうが、一部のひとは生き残り、この未曽有の体験を長く語り伝えたにちがいない。

 これが古代世界に広まって、シュメールのギルガメシュ神話や旧約聖書の創世期に登場する大洪水の物語になったのではないだろうか。ノアの箱舟は、黒海が舞台だったかもしれないのだ。

黒海は海洋考古学の宝庫

 淡水湖が海に変わったことで、黒海は独特の生態系をもつようになった。

 地中海の海水が進入したとき、密度の濃い海水が湖の底を満たし、淡水と混じり合った上層部は海水の半分の塩分しかもたなかった。ボスポラスとダーダネルスの細い海峡しかないため、黒海では海水の撹拌が起こりにくく、誕生から7000年以上たった現在でもこの状態がつづいている。

 これによって黒海の下層は無酸素状態になり、上層から降ってくる植物やプランクトンなど動物の死骸が蓄積し、世界最大の硫化水素の貯蔵庫になっている。黒海ではニシンやカレイ、イワシなどが獲れるが、これらの魚は酸素のあるわずかな上層部で生命をつないであるのだ。

海鮮レストランの店頭に並ぶ黒海の魚介類     (Photo:ⒸAlt Invest Com)


  1970年代になると、一部の海洋学者が、黒海は海洋考古学の宝庫だといいはじめた。深海の木材を侵食するのは軟体動物などだが、黒海の底ではバクテリアを除きどんな生き物も棲息できないのだから、古代船が手つかずに残っているというのだ。

 1990年代末、タイタニック号の発見で知られる探検家のロバート・バラードが小型の潜水ロボットの助けを借りて黒海の無酸素海域に挑み、5世紀のビザンツ期の船が、数日前に組まれたようなマストのまま沈んでいるのを発見した。その後、紀元前4世紀の古代船が発見されたが、淡水魚の干物を積んでいることまで確認できた。

 感激したバラードは、次のように述べた。

 「まったく信じられないくらい奇妙な光景だ。人類の最古の時代から現代に至るまで、黒海を航海し、そして沈んだすべての船が――おそらく5万艘に上るだろうが――海底に横たわって保存されている可能性もある」

 近現代史のなかでは日陰者のように扱われてきた黒海は、じつは「驚異の海」なのだ。

「驚異の海」黒海に沈む夕日           (Photo:ⒸAlt Invest Com)

 

 

橘 玲(たちばな あきら)

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 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)、『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)など。最新刊は、『朝日ぎらい よりよい世界のためのリベラル進化論』(朝日新書) 。

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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