橘玲の世界投資見聞録 2018年8月16日

ロシアへの併合で活気づく「係争地」クリミアは
クレジットカードもATMも使えなかった
[橘玲の世界投資見聞録]

ウクライナ時代は生活インフラが劣化し、
生活水準がどんどん悪化していった

 セバストポリで話をしたのは数人だが、2014年にロシアに併合された事実に触れることはあっても、(当たり前だが)その背景をたんなる外国人旅行者に語ることはない。だがナターシャは、もうすこし突っ込んだ話をしてくれた。ちなみに私の会話の相手はみなロシア人で、ウクライナ時代の国勢調査(2001年)を見ても約40万人のセバストポリの人口の7割超がロシア人だ。併合後はロシア国内からの移住者が増え、ロシア人の比率はもっと高くなっているという。

 ナターシャによると、ウクライナ時代のいちばんの不満は、生活水準がどんどん悪化していったことだという。道路や電気・ガス・水道などの生活インフラはすべてソ連時代のままで、それが放置され劣化してくのだ。それに比べて同じ黒海沿岸のソチはリゾート地として大きく発展し、冬季オリンピックを開催するまでになった。

[参考記事]
●ロシア有数のリゾート地ソチが臨む黒海という存在

 ロシアに併合されてからはクリミア全体に大規模なインフラ投資が行なわれ、年々暮らしやすくなっているとナターシャはいう。自宅ちかくの道路は舗装し直され、電気もガスも一日じゅう使えるようになった。

 これはあくまでもロシア人(それも軍人一家)の女性の視点だが、いちがいに偏向しているとはいえない。実際に近代的な空港がつくられ、道路の拡幅工事もあちこちで行なわれている。ロシア内陸部からの移住者が増えているのは、大規模なインフラ投資によって仕事が生まれているからだ。

 ソ連解体後にクリミアがウクライナに帰属することについては、黒海艦隊の扱いがロシアとのあいだで問題になった。最終的に黒海艦隊の所有権をウクライナがロシアに譲る代わりに、港湾施設の利用料を受け取ることで解決したが、「ウクライナ民族の国民国家」として独立したウクライナ政府にとって、ロシアの艦隊が駐留しロシア人住民が大半を占めるクリミアへの配慮が後回しになったということはあるだろう。

 これについては、アメリカの歴史家(ジョージタウン大学助教授)で『黒海の歴史』(明石書店)を著したチャールズ・キングが以下のように指摘している。原書の刊行は2004年で、クリミアのロシアへの併合への10年前だ。

 「ウクライナでは、クリミア半島をめぐる問題が常に中央政府を悩ませてきた。主にロシア語を話す住民やロシア海軍の大きな存在感、失業に苦しんで不満をためこんだクリミア・タタール人は、新たなウクライナ国家建設においてしばしば障害になっている」

 クリミア半島の問題は「ロシアの愛国主義」で語られることが多く、実際にそのような面があることは間違いないが、その一方で「このままでは二級市民扱いされて生活が苦しくなるばかりだ」という経済的不満が高まっていたことも確かなようだ。

 そしていま、セバストポリの街は「愛国的」なロシア人の観光客が押し寄せることで急速に往時の賑わいを取りもどしている。

セバストポリの港にあるクリミア戦争の沈没船記念碑。劣勢のロシア海軍は港に船を沈めて抵抗した        (Photo:ⒸAlt Invest Com) 

 

外務省の判断クリミア全体が「レベル3:渡航は止めてください。(渡航中止勧告)」

 セバストポリの数奇な歴史についてはあらためて書きたいが、ガイドのナターシャは「クリミアには素晴らしい観光名所がたくさんあるから、外国人旅行者にもたくさん来てほしい。経済制裁で迷惑をかけるのが申し訳ないけど」といっていた。 

 だがこの地域への旅行を安易に勧めることができないのは、外務省の海外安全ホームページでクリミア全域が「レベル3:渡航は止めてください。(渡航中止勧告)」に指定されているからだ。これは「その国・地域への渡航は,どのような目的であれ止めてください。(場合によっては,現地に滞在している日本人の方々に対して退避の可能性や準備を促すメッセージを含むことがあります。)」とされている。

 クリミアでなにひとつ危険を感じたことはないが(夏休みでそこらじゅう観光客ばかりなのだ)、もちろん私の個人的な体験だけで安全かどうかを判断できるわけはない。だが次のような事実は述べてもいいだろう。

 帰りの空港でも、たくさんの子どもたちの集団を見かけた。小学生から高校生くらいまでで、クリミア各地での夏季キャンプに参加してきたのだ。これを見ても、ロシアの多くの親たちが、子どもだけで数日間の(もしくはそれ以上長い)キャンプに安心して送り出せると思っていることは間違いないだろう。

キャンプを終えてモスクワに戻る子どもたち   (Photo:ⒸAlt Invest Com) 

 

 渡航はあくまでも自己責任だが、もし行くのならその際はじゅうぶんなルーブルの現金と、できれば米ドル、ユーロの現金を忘れないように。「外国人が現金を持たずにクリミアに来たらどうなるの?」とナターシャに訊いたら、しばらく考えてから、肩をすくめて「どうしようもない」といわれた。

 なお、外務省の海外安全ホームページの勧告を尊重しなくてもいいといっているわけではないことは繰り返し強調しておきたい。

夕暮れのセバストポリ         (Photo:ⒸAlt Invest Com) 


 

 

橘 玲(たちばな あきら)

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 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)、『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)など。最新刊は、『朝日ぎらい よりよい世界のためのリベラル進化論』(朝日新書) 。

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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