浜口首相や井上蔵相が命を懸けてまで金本位制に復帰したにもかかわらず、金本位制という制度そのものがその後、放棄されてしまった理由がわからなかったのだ。

「『金本位制はすばらしい』という前提で小説は進んでいくけれども、本当に金本位制への復帰が正しかったのかどうかよくわからない。よくわからないものに命まで懸けるのは賢明なことと思えない」……確かそんな感想を書いた。

 もっとも、大蔵省が新人研修で『男子の本懐』を読ませた狙いは、命がけで政策を遂行した彼らの姿勢を官僚として見習えということだったのだろう。

 同期生23人のなかで『男子の本懐』に感動しなかったのは筆者1人だけだったようだ。

 当時、研修生の感想文をチェックする教官役は、大蔵省の中堅幹部で、彼はのちに事務次官にまでのぼりつめた。その教官は、筆者以外の22人の感想文をほめあげたあとで、筆者を名指しで非難した。

「このなかに、ひとりだけばか者がいる!」

 まだ入省して1ヵ月しかたたないのに、先輩官僚から激しく叱責されたわけだから、さすがに動揺した。

 ただ、教官は、「なぜ金本位制への復帰がそれほど重要だったのか」を教えてはくれなかった。疑問は疑問のまま残ることになった。

「金本位制が大恐慌の犯人」
バーナンキ論文で腹に落ちる

 その後、この出来事をすっかり忘れていたが、20年近くたったある日、ひょんなことから突然、記憶が呼び戻された。1998年に、政府から派遣される形でアメリカのプリンストン大学に留学した時のことだ。

 3年間、プリンストン大で過ごしたが、当時、大学の経済学部長をつとめていたのがベン・バーナンキ教授。後の米連邦準備制度理事会(FRB)の議長をつとめた、あのバーナンキだ。

 筆者は大学構内の書店で本を物色していて、平積みになっていたバーナンキ教授の本を偶然、手に取った。『大恐慌論』(Essays on the Great Depression)というタイトルの学術書だ。

 ページを開いて読み進むうち、たちまち引き込まれてしまった。20年ほど前の大蔵省新人研修の出来事が鮮やかによみがえってきたからだ。

 その論文のなかで教授は、1920年代の終わりから30年代にかけて世界を襲った大恐慌を精緻に実証分析していた。まさに『男子の本懐』の舞台となった時代の話だ。

 驚いたことに、「世界大恐慌をもたらした犯人は金本位制だ」と教授は指摘していた。アメリカに端を発した恐慌が世界各国へ広がった原因も、金本位制にあるというではないか。