橘玲の世界投資見聞録 2018年9月21日

累進課税はなぜ正当化できるのか?
日本で超累進課税が復活する可能性とは?
[橘玲の世界投資見聞録]

累進課税を正当化する理屈とは?

 累進課税導入のもっともわかりやすい説明は、「民主政だから」というものだろう。

 富の分布は、どのような社会でも富裕層がごく一部で、中流層や貧困層が圧倒的に多くなる。それに対して民主政は一人一票なのだから、経済学が前提するようにひとびとが合理的なら、有権者は富裕層から「搾取」して自分たちに分配させるような政策を支持するにちがいない。これが累進課税、というわけだ。

 しかし、それなりに筋の通ったこの理屈はデータによって支持されない。これが正しいとすれば、すべての成人男性に参政権が認められたり、選挙権が成人女性にまで拡大されると、それにともなって最高税率が上がるはずだが、そんなことにはなっていないばかりか、有権者層が拡大すると最高税率が下がるという逆の現象まで起きているからだ。

 そのうえこの理屈では、1970年代以降、最高税率が大きく下がっていることを説明できない。ここでよく出てくるのが「民主主義が劣化した」とか「ごく一部の超富裕層によって民主主義が簒奪された」という批判で、アメリカでは「謎の大富豪」コーク兄弟(オバマ政権に反対して結成されたティーパーティーの黒幕とされる)がその動かぬ証拠として名指しされている。

 だがシーヴとスタサヴェージによると、こうした「グローバリズムの悪玉」論では最高税率の推移をうまく説明できない。コーク兄弟のいない、より平等な北欧諸国などでも個人所得税の最高税率は大きく下がっているからだ。

 著者たちは、累進課税を正当化するのは損得勘定ではなく「公平感覚」だという。それには「支払い能力論」「平等な扱い論」「補償論」がある。

 このうち「支払い能力論」は、「年収1億円の富裕層にとっての1ドルの税は、平均的な給与で暮らしている者より犠牲としては小さい」というもので、定額税(人頭税)を批判する強力な論拠を提供する。だがこれでは、定率税(フラットタックス)を擁護できても累進課税を正当化するには力不足だろう。――税率20%のフラットタックスなら、所得1億円のひとの納税額は2000万円で、所得100万円のひとは20万円なのだから、支払い能力を根拠にするならこれでじゅうぶんではないだろうか。

 「平等な扱い論」は、国家は国民すべてを無差別に(全員をまったく同じに)扱うべきだとする。だがこれは、定額税(人頭税)にすればいいということではない。所得や家族構成によって、課税によるコスト(損失)は異なるからだ。だとすれば理想的な税制とは、貧乏人でも大金持ちでも課税によって実質的に同じコストを支払う(効用を失う)ように設計すべきだということになる。

 これは理屈としては筋が通っているが、国民一人ひとりの効用をどのように計算するのかというやっかいな問題を引き起こす。ここでも、誰もが素直に納得できるのはフラットタックスまでだろう。

 なお厚生経済学では、「社会全体の福祉(効用)が最大化するように税制を設計する」という原則を導入することでこの隘路を回避している。だがこうした経済学的な考え方が、有権者大多数の支持を得て政策を動かしているとはいいがたい。

 最後に残された「補償論」は、富裕層は一般国民に対してなんからの「負い目」があり、その補償として高い税金を支払っているとする。しかし、お金持ちにはどんな「負い目」があるのだろうか?

 強欲だから? 権力と癒着して甘い汁を吸っているから? 運がいいから?

 そう考えるひともいるだろうが、これらはどれも有権者を大きく動かすちからにはならない。補償論で累進課税を正当化するには、誰もが直観的に納得できるようなもっとシンプルで強力な理由が必要なのだ。

先進国では世界大戦後に最高税率が大きく上昇した

 シーヴとスタサヴェージは過去200年間の先進諸国の所得税の法定最高限界税率の推移を観察し、そこに顕著な傾向があることを発見した。最高税率は最初はとても低く、20世紀に入ってから急に上昇し、1970年代以降になるとこんどは下降しはじめたのだ。

 「補償論」が正しいとするならば、1900年頃になんらかの大きな出来事があり、それによって最高税率が上昇したが、20世紀半ばを過ぎると影響力を失って税率も下降したことになる。

 税に対するひとびとの価値観を大きく変えた「イベント」とはいったい何か? もうおわかりと思うが、それは世界大戦だ。

 第一次世界大戦(1914~1918年)は人類がはじめて体験した総力戦で、若者から壮年まで多くの国民(男性)が徴兵され、戦場で生命を失った。1939年のドイツによるポーランド侵攻で始まった第二次世界大戦はそれをはるかに上回る総力戦で、ナチスによるユダヤ人のホロコーストや広島・長崎への原爆投下、国境変更にともなう膨大な難民の発生などで、兵士だけでなく数千万人の一般市民が生命を落とした。

 ところでこの両大戦で、富裕層は一般国民と同じだけの犠牲を払っただろうか?

 ヨーロッパで徴兵制が始まった当時は、お金を払って代理を立てることが認められていた。さすがにこれでは士気が保てないということで禁止されたが、それでも貴族の子弟が歩兵となって最前線で戦うようなことは考えられなかった。

 だがそれよりも大きな問題となったのは、戦争特需によって大儲けする商人が出たことだ。ほとんどの国民が飢え苦しみ、死んでいくなかで、こんなことが許されていいのだろうか。

 この理屈はとてつもなく強力で、反論を許さないものだった。戦争を続行するには巨額の資金が必要だが、国民を大規模に徴兵している国家は、その資金を富裕層から徴税するほかに選択肢がなかった。こうして世界大戦に参戦した国は、いずれも短期間に累進課税の最高税率をとんでもなく引き上げたのだ。

 悲惨な戦争が終わると、「国家の失敗の犠牲者は補償されるべきだ」との左派の主張が、有権者に熱狂的に受け入れられた。

 ドイツ降伏から2カ月後に行なわれたイギリスの総選挙で、労働党は「彼ら(戦争を勇敢に戦ったすべての国民)は、先の戦争(第一次大戦)後に多くの者が直面したよりも、ずっと幸福な未来を保証される価値があり、また保証されなければならない」と主張して、戦争の英雄であるチャーチル率いる保守党に大勝利を収めた。これはアメリカやフランスだけでなく、敗戦国のドイツや日本でも同じで、きわめて高い累進課税によって国家が富裕層から税を徴収し、それを国民に「補償(再分配)」するのが当然だとされた。

 こうして欧米の先進諸国では、20世紀初頭から1950年代にかけて(日本では1970年代まで)最高税率が大きく上昇した。この現象は「福祉国家化」と呼ばれている。


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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