経営×ソーシャル
識者に聞く ソーシャルメディア進化論
2018年10月16日
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武田 隆 [クオン株式会社 代表取締役 兼 最高経営責任者]

ソーシャルメディアは今や個人の「信用」まで分析できてしまう

【村井純氏×武田隆氏対談2】

1991年、CERN(欧州原子核研究機構)のイギリス人計算機科学者ティム・バーナーズ=リー氏がワールド・ワイド・ウェブ(WWW)を発表した。IP(インターネット・プロトコル)技術を利用した情報伝達方法のひとつであるWWWは、複数の文書同士をリンクさせる画期的な仕組み「ハイパーテキスト」を採用した。特筆すべきは、同氏がWWWに関連した特許を一切取得しなかったこと。利益よりも社会への貢献を最優先し、CERNはWWWを無償で開放した。今日の私たちが世界中で無限に増大し続ける幅広い分野の大規模データベースの中から適切な情報を見つけ出すことができるのは、このWWWのおかげなのだ。このこと一つとってみても、WWWの登場が社会に強烈なインパクトをもたらしたことは間違いないが、慶應義塾大学環境情報学部の村井純教授は「一番大きく変わったのはAI」と指摘する。そして、「それにはソーシャルメディアが関係している」とも。果たして三者はどう関係しているのだろうか。 >>【村井純氏×武田隆氏対談1】を読む

ワールド・ワイド・ウェブは
何のために誕生したのか

武田隆(以下、武田) 前回、インターネットは自律分散システムの理想、というお話がありました。1991年にインターネット上にワールド・ワイド・ウェブが出てきて、その後ソーシャルメディアの発展につながっていきましたが、それも自律分散というモデルを象徴しているのでしょうか。

村井純(以下、村井) まず、ワールド・ワイド・ウェブがどうやって出てきたのかを見ていきましょうか。

 インターネットのネットワークが広がっていくと、情報交換の方法が、2つのコンピュータ間で権限を持つ人間同士がファイルを転送する方法から、「このファイルは誰でも見ていいですよ」「ここにファイルを置いたから自由に持っていってください」というFTP(ファイル・トランスファー・プロトコル)に変わっていきました。

 そうして個人が、論文やソフトウェアのファイルを公開するようになっていきました。そのことが結果として、ネットワークに貢献することとなったのです。

慶應義塾大学環境情報学部教授/大学院政策・メディア研究科委員長
工学博士(慶應義塾大学・1987年取得)
1984年日本初のネットワーク間接続「JUNET」を設立。1988年インターネット研究コンソーシアムWIDEプロジェクトを発足させ、インターネット網の整備、普及に尽力。初期インターネットを、日本語をはじめとする多言語対応へと導く。
内閣高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT総合戦略本部)有識者本部員、内閣サイバーセキュリティセンターサイバーセキュリティ戦略本部本部員、IoT推進コンソーシアム会長他、各省庁委員会の主査や委員などを多数務め、国際学会等でも活動。
2013年「インターネットの殿堂(パイオニア部門)」入りを果たす。「日本のインターネットの父」として知られる。
著書に『インターネット』(岩波新書)、『角川インターネット講座〈第1巻〉 インターネットの基礎 情報革命を支えるインフラストラクチャー』(角川学芸出版)他多数。村井純(むらい・じゅん)
慶應義塾大学環境情報学部教授/大学院政策・メディア研究科委員長 工学博士(慶應義塾大学・1987年取得) 1984年日本初のネットワーク間接続「JUNET」を設立。1988年インターネット研究コンソーシアムWIDEプロジェクトを発足させ、インターネット網の整備、普及に尽力。初期インターネットを、日本語をはじめとする多言語対応へと導く。内閣高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT総合戦略本部)有識者本部員、内閣サイバーセキュリティセンターサイバーセキュリティ戦略本部本部員、IoT推進コンソーシアム会長他、各省庁委員会の主査や委員などを多数務め、国際学会等でも活動。2013年「インターネットの殿堂(パイオニア部門)」入りを果たす。「日本のインターネットの父」として知られる。 著書に『インターネット』(岩波新書)、『角川インターネット講座〈第1巻〉 インターネットの基礎 情報革命を支えるインフラストラクチャー』(角川学芸出版)他多数。

武田 でもその仕組みだと、どこのコンピュータにどんな情報があるかを知っていなければ、情報を取りにいけませんよね。

村井 そうなんです。ネットワークが小さいうちは、データを集めてFTPのアーカイブをつくって対応していました。ユーザーがファイルを取りにいくコンピュータは、だいたい集中してきます。集中するのは大学などのコンピュータですから、そこにファイルの情報を集めていた。

 しかも、慶應のコンピュータならこういう情報、米国のバークレーのコンピュータならこういう情報の山がある、ということがみんななんとなくわかっていたので、探しにいくのもわりと簡単でした。

 でも、インターネットがさらに広大になっていくと、情報の山を管理するのにお金がかかってしょうがなくなってきた。大規模なデータベースというのは、幅広い分野の最新情報を集めるのには向いていないのです。当初は、索引で情報を探そうとしていたのですが、索引をつくる作業自体が大変な労力を必要とするようになってきました。

武田 そこでリンクが集まった「ポータル」が登場するわけですね。

村井 情報を集めて置いておくのも、検索のための索引をつくるのも大変。だったら、バラバラに置いてあるデータはそのままにして、その代わりデータの所在を示す指標、すなわちリンクを置こうという発想になったんですね。必要な情報は、そのリンクが指している方向をたぐっていけば集められる。

 この仕組みで世界中の情報がお互いに複雑に絡まり、ワールド・ワイドな「ウェブ(蜘蛛の巣)」が編まれるようになりました。

武田 ウェブの最初の構想を打ち立てたのは、CERN(欧州原子核研究機構)で働いていたティム・バーナーズ=リーです。

村井 彼のもともとの発想は、ウェブのような仕組みがあれば世界中の論文にアクセスしやすくなる、ということだったのではないかと思います。ここで、最初の武田さんの話に戻りましょう。ウェブの登場で何が変わったかというと、一番大きく変わったのはAIだと思うんですよね。そして、それにはソーシャルメディアが関係している。

武田 ワールド・ワイド・ウェブとソーシャルメディア、そしてAIがここでつながるんですね。



武田 隆(たけだ・たかし) [クオン株式会社 代表取締役 兼 最高経営責任者]

日本大学芸術学部在学中の1996年、前身となるエイベック研究所を創業。クライアント企業各社との数年に及ぶ共同実験を経て、ソーシャルメディアをマーケティングに活用する「消費者コミュニティ」の理論と手法を開発し、複数の特許を取得。その理論の中核には「心あたたまる関係と経済効果の融合」がある。システムの完成に合わせ、2000年同研究所を株式会社化。その後、自らの足で2000社の企業を回る。これまでに森永乳業、ライオン、資生堂ジャパンをはじめ、300社超のマーケティングを支援。ソーシャルメディア構築市場トップシェア(矢野経済研究所調べ)。2015年、ベルリンと大阪に支局を開設。著書『ソーシャルメディア進化論』は松岡正剛の日本最大級の書評サイト「千夜千冊」にも取り上げられ、ロングセラーに。また、CSR活動の一環としてJFN(FM)系列ラジオ番組「企業の遺伝子」のパーソナリティも務める。1974年生まれ。海浜幕張出身。


識者に聞く ソーシャルメディア進化論

史上最も多くの人々がつながり合った今、私たちを取り巻く社会はどう変化していくのか? NTTドコモ、セブン&アイ、資⽣堂ジャパン、ライオン、森永乳業をはじめ300社超のマーケティングを支援してきたクオン代表 武田隆氏が、各分野の有識者とともに変わりゆくインターネット時代の未来を読む。

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