アラブ 2018年10月26日

[教えて! 尚子先生]
なぜトランプ政権でパレスチナ問題に対する姿勢が変化したのでしょうか?
~エヴァンジェリカルから知る中東政策・中間選挙~【中東・イスラム初級講座・第46回】

中間選挙を左右するエヴァンジュリカルの動き

 今回のエルサレムの首都承認と大使館の移転の問題についても、アメリカのユダヤ社会で最強のロビー団体といわれる米国イスラエル公共問題委員会(American Israel Public Affairs Committee: AIPAC)は、積極的に関与してはいなかったそうです。むしろ、積極的に共和党に働きかけたのは、エヴァンジェリカルであったといわれています。
 
 そもそも、エルサレム問題について、大統領の選挙公約として先に言及したのは、伝統的にユダヤ教徒の多くが支援してきた民主党でした。民主党は1972年にはすでに、公約でエルサレムはイスラエルの首都であり、大使館を移転すべきと主張していました。けれども、イスラエルとパレスチナとの和平合意が話し合われた90年代後半から、エルサレムの首都認定は掲げるものの、大使館の移転については現実的でないとして公約として挙げなくなっていました。
 
 一方、共和党が公約という形でエルサレム問題に初めて言及したのは1980年と、比較的遅かったのです。彼らは統一エルサレムを維持し、聖地へ自由にアクセスができるようにすべきと主張しました。この時期はちょうど白人エヴァンジェリカルが選挙活動を通じて、政治に積極的に働きかけるようになった時期と一致しているといわれています。

 民主党とは対照的に1996年以降、この問題に積極的に関与するようになり、エルサレムの首都認定と、大使館移転の双方を大統領選において公約に掲げるようになっていったのでした。
 
 ユダヤ系有権者は民主党の支持率が高く、一方、エヴァンジェリカルには共和党支持者が多いという図式は、近年の大統領選においても見受けられます。ピュー研究所の調査によれば、2008年の大統領選においては、ユダヤ票の78%が民主党:共和党21%(以後、民主党を民、共和党を共と省略)、民69%:共30%(2012年)、民71%:共24%(2016年)でした。エヴァンジェリカルはといえば、民24%:共74%(2008年)、民21%:共78%(2012年)、民16%:共81%(2016年)で、通説を裏付けるような調査結果が発表されています。

 とくに白人のエヴァンジェリカルこそが、現在の共和党、つまりトランプ政権の代表的な支持者であるといわれています。このことは、トランプ政権発足直後に発布された、イスラム系などの移民・難民の入国禁止の大統領令に対する支持率調査からも明らかです。この政策を支持したアメリカ国民全体の割合が38%であったのに対し、白人のエヴァンジェリカルの支持率は76%で、圧倒的に高かったのです。

 以前も紹介しましたが、ピュー研究所は各宗教集団の相互意識を探るための興味深い調査を行なっています。この調査は様々な宗教集団が、お互いに親近感を抱いているか否かを調査したものです。エヴァンジェリカルのイスラム教徒に対する親近感は、メインラインやカトリックなどの他の宗教集団に比べ、最も低くなっています(「トランプ大統領はなぜ、イスラム諸国からの移民の入国を阻止しようとしているのでしょうか?」【中東・イスラム初級講座・第39回】参照のこと)。
 
 また、ロシア疑惑などのスキャンダルが発覚し、トランプ政権の支持率は、他の集団と同様にエヴァンジェリカルの間でも明らかに下がってきています。けれども、2017年12月の段階では、白人のエヴァンジェリカルからの支持率は61%と、他の集団よりも依然として高い支持率となっています。白人エヴァンジェリカルの60%は、20年の大統領選挙においても、トランプが候補者になることがふさわしいと考えているそうです(調査:2018年4月)。
 
 こうした国内事情を考慮するなら、トランプがパレスチナ問題に対するアメリカの立場を親イスラエル寄りに方向転換したというより、むしろ、国内の支持者確保のために方向転換をせざるを得なかったと言いかえたほうが正確なのかもしれません。事実、パレスチナ問題に限らず、トランプはエヴァンジェリカルからの支持をとりつけたいがために、共和党予備選挙前に中絶支持派から中絶禁止派へと鞍替えをしています。

 さらに、エヴァンジェリカルであるマイク・ペンスを副大統領候補に指名したことで、一気に他の候補者を引き離すことに成功したことはよく知られています。トランプ政権の政策は一見、非常に独善的にみえますが、実際には次期大統領選挙をみすえた、「民意」に即したものだといえるでしょう。
 
 11月6日には中間選挙が行なわれることになっていますが、こうした観点からみてみると、中間選挙をより興味深くみることができるのではないでしょうか。

ニューヨーク5番街に聳えるトランプ・タワー(Photo:ⒸAlt Invest Com)

【参考文献】
『エヴァンジェリカルズ:アメリカ外交を動かすキリスト教福音主義』(アムスタッツ, マーク R. 著、橋爪大三郎編集、加藤万里子訳、太田出版)
『アメリカと宗教:保守化と政治化のゆくえ』(堀内一史著、中公新書)
『グローバルリスク研究』「第9章 エルサレム問題とトランプ米政権」(立山良司著、日本国際問題研究所、平成29年度外務省外交・安全保障調査研究事業)

(文:岩永尚子)

著者紹介:岩永尚子(いわなが・なおこ)
日本では珍しい女性中東研究家。津田塾大学博士課程 単位取得退学。在学中に在ヨルダン日本大使館にて勤務。その後も専門のヨルダン教育現場のフィールドワークのために、スーツケースを抱えて現地を駆け回る。2012年まで母校にて非常勤講師として「中東の政治と経済」を担当。近著に『世の中への扉 イスラムの世界 やさしいQ&A』(講談社)。「海外投資を楽しむ会」最初期からのメンバーでもある。

 


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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