橘玲の世界投資見聞録 2018年10月25日

黒海周辺を舞台にした
古代ギリシアからビザンツ帝国にいたる興亡の歴史
[橘玲の世界投資見聞録]

オペラ『ポント王のミトリダーテ』のモデルとなったミトリダテスの悲劇的な運命

 ギリシア人に代わってローマ人が地中海世界の覇権を握った紀元前1世紀、黒海にはポントス王国が勃興した。とりわけ有名なのがミトリダテス六世エウパトルだ。

 伝説によれば、父王が暗殺されたあと、ミトリダテスの母親は彼を殺して弟を王位につけようとした。その謀略を知ったミトリダテスは山中に逃れ、協力者の軍勢を募ると王宮に攻め入って母を投獄し、弟を処刑した。こうして王位についたミトリダテスは、24もの言語を話し、熟達した狩人にして戦士であり、誰よりも速く走り馬で駆けることができたという。おそらくはミトレス人(ギリシア人)と土着の民の混血で、ギリシア文化に染まりコイネー(共通ギリシア語)を話した。

 ポントス王国は黒海南岸のコーカサスに近い東部を発祥の地とするが、ミトリダテス王の時代にクリミア半島のケルソネソスを領有し、アゾフ海沿岸に領土を広げた。このように領土が南と北に分裂するのは奇妙に思えるが、黒海は東西に長く南北に短いため、当時の航海術の水準を考えれば南岸と北岸は「隣接」していたのだ。

 ローマとカルタゴが争ったポエニ戦争ではポントス王国はローマの側についたが、ミトリダテスの時代には黒海を支配下に置こうとするローマと敵対関係になる。

 ミトリダテスは25万の歩兵と4万の騎兵、数百隻の艦隊を従え、黒海沿岸のローマの同盟国を圧倒していた。ローマの命を受けて同盟国がポントス王国に先制攻撃をかけると、ミトリダテスは容易に侵略軍を打ち破り、小アジアを通ってエーゲ海沿岸まで進出、ローマに代わってヘレニズムの偉大な国家を復活させると宣言した。

 紀元前88年からのミトリダテス戦争ではギリシア本土まで侵入しアテナイを占領したが、ローマ軍が増援部隊を投入すると快進撃は止まり、征服地を放棄して撤退した。

 この対立に決着をつけたのが共和政ローマの英雄でカエサルのライバルでもあったポンペイウスで、紀元前66年に大軍団を引き連れて黒海に遠征すると、ミトリダテスはコーカサスに逃亡し、北に向かってクリミア半島の要衝パンティカパイオンに辿り着いた。

 クリミアの地でミトリダテスは、スキタイ人とゲタイ人から新たな軍勢を呼び集め、ドナウ川を遡行して進軍し、ガリア人の助けでイタリアに侵入してローマ本市を攻撃するという壮大な計画を練っていた。だが配下の兵士たちに反乱が起き、息子の1人であるファルナケスに王位を奪われると、生きてローマに連行されることを拒んだミトリダテスは毒を飲んだ。それが効かないとみると、ガリア人の家臣の1人がこれを哀れんで剣でとどめをさしたという。

 ファルケナスは好意と友情の証としてポンペイウスに父の遺体を送ったが、防腐処置人が脳を取り除くのを忘れたため、王の遺体は腐敗して顔面を著しく崩壊させ、ほとんど身元判別不能な有様だった。その死体を確認したポンペイウスは、ミトリダテスをローマの東方におけるもっとも偉大な敵だと宣言し、シノペに特別に誂えた霊廟に埋葬した。

 ミトリダテスの悲劇的な運命は西欧人を魅了し、ラシーヌの戯曲をモーツァルトがオペラにした『ポント王のミトリダーテ』などで広く知られている。

ケルソネソスのローマ時代の遺跡。向こうに見えるのは正教教会   (Photo:ⒸAlt Invest Com)

黒海の歴史の画期はビザンティウムに「新ローマ」を建設したこと

 黒海の歴史の画期は、キリスト教を国教としたローマ帝国皇帝コンスタンティノス一世が、紀元330年にボスポラス海峡に面した東西交易の要衝ビザンティウムに「新ローマ」を建設したことだ。コンスタンティノープルと名づけられたこの都市は、ローマが東西に分裂すると東ローマの首都となり、オスマン帝国(メフメト二世)によって1453年に陥落するまで1000年以上にわたり、正教の守護者として東方世界(ロシア、東欧)に大きな影響力をもった。

 東ローマは「ビザンツ帝国」と呼ばれるが、これは後世のヨーロッパの歴史家たちの造語で、当時は「ロムニア(ローマ)」と呼ばれていた。ビザンツ人はギリシア語を話しヘレニズム文化を継承したが、彼らの意識では自分たちが「ローマ」そのもので、「ロマイオイ(ローマ人)」を自称した。今日でもトルコでは、ギリシア語話者を「ルムラル(ローマ人)」と呼ぶ。

 ビザンツ帝国は地政学的な優位性で地中海と黒海の交易を支配し繁栄したと思われているが、実態はボスポラス海峡を通過する船から関税を徴収することしかしていなかったようだ。これは黒海沿岸にさまざまな民族集団が勃興していたからで、歴代の皇帝たちは彼ら「蛮族」と友好関係を結ぶことに腐心せざるを得なかった。

コンスタンティノープル時代に建てられたアヤソフィア教会   (Photo:ⒸAlt Invest Com)

 

 ビザンツ帝国の軍隊は馬を自在に駆る遊牧民に陸戦では歯が立たなかったが、海戦では攻守が逆転した。それは「海の火(ギリシアの火)」と呼ばれた新兵器があったからで、コンスタンティノス七世は我が子に対してその秘密をけっして明かさぬよう厳命した。

 史料によれば、「海の火」は戦艦の船主に青銅で縁取られた長い木製の管を取りつけたもので、一方の先端を敵船に向け、もう一方の端は空気ポンプにつながれていた。火薬を管に詰めて着火し、反対側からポンプで空気を送り込むと、敵に向かって炎がアーチ状に射出したという。いわば火炎放射器で、その威力は強力で海面ですら燃え上がった。ビザンツ海軍の巨大戦艦にはこの「海の火」が複数取りつけられ、海兵が使用するための携帯式のものもあった。

 この秘密兵器をアラブの史家は、「炎を発する管1本で12人が一撃で倒される。その炎はきわめて強力な上に粘っこいので、何人たりともそれに抗うことはできない。それはもっともムスリムが恐れた兵器であった」と描写した。「海の火」についてのもっとも古い言及は6世紀あるいは7世紀まで遡り、素材はおそらく原油かナフサで、黒海東北岸のタマン半島の地面に湧き出る油田などから採集したものと推測されている。

 ビザンツ帝国は交易国家というよりも、頑強な城壁と科学技術によって守りを固め、異民族の侵入を防ぐことで生きながらえてきた。ルネサンス期になると地中海・黒海交易はヴェネチアやジェノバの商人たちに独占され、帝国の凋落は決定的なものになっていく。

ケルソネソスの正教教会。聖ウラジーミル大公がここで洗礼を受けたとされる   (Photo:ⒸAlt Invest Com)

作家・橘玲の切れ味鋭い見解が毎週届く!
有料メルマガの
無料お試し購読受付中!
お試しはこちら

幸福の「資本」論|橘玲著 幸福の「資本」論 重版出来!
橘玲著

あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」。あなたが目指すべき人生は?
定価:1,500円(+税) 発行:ダイヤモンド社
購入はコチラ!
世の中の仕組みと人生のデザイン|橘玲のメルマガ配信中! 20日間無料 ザイでしか読めない!橘玲のメルマガ「世の中の仕組みと人生のデザイン」も好評配信中!
月額800円+税
いますぐ試す(20日間無料)

バックナンバー

»関連記事一覧を見る

海外投資必勝マニュアル&本

海外投資のノウハウが凝縮! ここで紹介しているコンテンツ、書籍はすべて、ネットから購入が可能です。さらに「海外投資実践マニュアル」は「海外投資を楽しむ会」の会員になれば割引価格で購入可能です。

作家・橘玲のディープなメルマガ
発売即重版決定! 橘玲の最新刊【幸福の「資本」論】発売!
橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
橘玲×ZAiONLINE海外投資の歩き方
作家・橘玲がメルマガ配信を開始!
subcolumn下影

ページのトップに戻る

本WEBサイトに掲載している全ての記事およびデータについて、その情報源の正確性・確実性・適時性を保証したものではありません。本サイトの提供情報を利用することで被った被害について、当社および情報提供元は一切の責任を負いませ ん。万一、本サイトの提供情報の内容に誤りがあった場合でも、当社および情報提供元は一切責任を負いません。本サイトからアクセス可能な、第三者が運営するサイトのアドレスおよび掲載内容の正確性についても保証するものではなく、このような第三者サイトの利用による損害について、当社は一切責任を負いません。また、併せて下段の「プライバシーポリシー・著作権」もご確認ください。