さらに、猪俣さんは事故後5ヵ月を過ぎたころから、神経が通っていないはずの腕から「血管に砂利を流されるような強烈な痛み」を感じるようになった。この痛みは日常生活で不意に起こり、波のように強弱が変動した。その痛みが強く起きたときは、会話中でも相手に「ちょっと、待って」と伝えて、腕を押さえたまま、じっと耐えているだけだった。

開発者のKIDS代表・猪俣一則さん
開発者のKIDS代表・猪俣一則さん

 幻肢痛は脳が身体の変化に適応できないとき、痛みとなって現れる。

「腕を動かしたいときは、脳の運動機能をつかさどる部分が腕の神経に指令を出し、腕の筋肉を収縮させて動かします。ところが、腕の神経を失った場合、脳から出した指令が筋肉に届かず、フィードバックも来なくなるため、脳が異常事態と認識し痛みを起こします」と猪俣さんは説明する。

 幻肢痛が起こった場合、一般的に専門医は患者に薬物療法や鏡を用いたリハビリテーション(鏡療法)を勧める。薬物療法によって痛みは多少軽減するが、現在の医学では限界があり、患者は日常生活を送る上で苦痛を感じ続けている。

 リハビリテーションの「鏡療法」とは、健康な手、指先を鏡に映し、あたかも反対側の「神経を失った手、指先を自分の意思で動かしているような錯覚をつくること」で脳に情報を与える。両手が同じ動きを続けることで、例えて言えば脳を安心させるわけだが、鏡療法も十分な痛みの改善にはつながっていない。

 猪俣さんも数回続けてみたが、「あまり効果を感じられなかった」と言う。鏡に映った虚像を、自分の(神経を失った)腕と思いこめなかったからだ。

 だが、猪俣さんは「鏡療法には工夫の余地がある。VRを用いたほうが効果的ではないか」と考えた。

 猪俣さんには1990年代からVRを使いながら車や建築のデザインの仕事をしてきた経験があった。「鏡療法をVRのような没入感のある状態(映像の世界に自分も入り込む感覚)で行うことで、より脳への働きかけが強くなるのではないかと考えました」と猪俣さんは説明する。

「このアイデアを実現できるのは、幻肢痛で悩んできた自分しかいない」と思い立ち、2015年からこの治療機器の開発を始めた。

 現在、東京大学医学部付属病院麻酔科・痛みセンター、および、緩和ケア診療部の住谷昌彦准教授(医師)、畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの大住倫弘助教(理学療法士)と、パワープレイス株式会社の井上裕治氏とともに共同研究をして、幻肢痛の発症のしくみを研究している。