事態は混迷を深め、11月9日には嶋田次官がJICを訪れて田中社長に撤回について陳謝。だが、「信義にもとる行為だ」などと田中社長が激しく面罵することとなった。

 その裏には、JICの別の危機感もあった。11月6日の取締役会では最大6000万円とする職員の報酬も決議しており、この基準によって採用した職員がすでにいたからだ。その報酬も白紙撤回されれば、訴訟リスクを抱えることになりかねない。また、たちまち国際金融市場に知れ渡り、今後のJICの採用活動に悪影響を与えるのは必至だった。

 田中社長をはじめJICの取締役たちが、経産省への不信感を急速に募らせる中、こうした課題を解決するために設定されたのが11月24日の会合だった。

「荒井ペーパー」の政治力

 東京都内の帝国ホテル。会合に参加したのは、経産省からは嶋田次官、荒井勝喜大臣官房総務課長、佐々木啓介産業創造課長と同課の担当課長補佐の4人。一方のJIC側は、田中社長と社長室長、経産省出身の三浦章豪氏と財務省出身の齋藤通雄氏の両常務取締役の同じく4人だった。

 先手を打ったのは経産省側だ。A4判12枚に及ぶペーパーを参加者に配り、なぜかこれまでJICとの議論に一度も参加したことのない、経産省で国会担当を務める荒井課長が説明を始めた。

 ペーパーのタイトルは「基本的考え方」。書類をめくると、取締役の報酬を最大3150万円に大幅に減額することや、孫ファンドにも事実上認可を必要とすることなど、これまでの議論と全く異なる内容がふんだんに記されていた。とりわけ田中社長らの神経を最も逆なでしたのは、表紙にある「総論」部分の記述だった。

「事業遂行の基本哲学」として、(1)政策目的の達成と投資利益の最大化、(2)政府としてのガバナンス(ファンドの認可など)と現場の自由度(迅速かつ柔軟な意思決定の確保)の両立、(3)報酬に対する国民の納得感、透明性と優秀なグローバル人材の確保(民間ファンドに比肩する処遇)の両立という三つの論点が書かれていたのだ。

 さらに官民ファンドの手法として、投資ファンドが日常的に行っているデリバティブ取引を禁じただけでなく、インデックス投資、不動産投資はリスクヘッジ目的でない限り認めないといった、当たり前過ぎることもご丁寧に記されていたのだ。