現実を直視しなければその後の人生は始まりません。

 必要ならば、幸せの基準を下げるべきでしょう。野球にたとえるなら、先発完投型のエースが年を取って、リリーバー(中継ぎや抑え)としての役目を見出すのと同じです。そうした新たな居場所を見つけて、その場所で新たに認知と称賛を得られるように努力すべきです。

「幸せの基準を下げる」と言いましたが、これは言葉の綾です。下げるのではなく、本当は変えるのです。先発完投型のエースは確かに畏怖尊敬の対象ですが、今の野球を見れば、中継ぎから抑えまでを確立させた勝利の方程式といわれる面々は、決して先発完投型のエースよりも基準が下だとは見られないと言ったらいいでしょうか。

 年齢に合った、その時々の状況に応じた見方をするだけで、本当の満足は得られるはずです。ビールでいうなら、1Lのジョッキを満タンにするためには1Lのビールが必要です。しかし500mLのジョッキであれば、500mLのビールで足ります。それでも同じく満タンです。

 それでは自分をだましているにすぎないと思う人もいるかもしれません。最初はだましてもいいじゃないですか。それが自分にジャストフットするようになれば、前にもまして満足な人生になるはずです。「嘘も方便」と言いますが、自分をだますのも方便なのです。

 誰も過去の栄光になどすがる必要はありません。前向きな未来志向になって、培ってきた技を別の仕事に活かせばいいのです。

(明治大学専門職大学院グローバル・ビジネス研究科教授 野田 稔)