橘玲の世界投資見聞録 2018年12月20日

シリコンバレーの最先端の働き方
Netflixの「ドリームチーム」を作る人事戦略とは?
[橘玲の世界投資見聞録]

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 マリオン・マクガバンは『ギグ・エコノミー襲来 新しい市場・人材・ビジネスモデル』(CCCメディアハウス)で、アメリカでフリーエージェント化の大きな潮流が起きていることを報告した。テクノロジーの急速な進歩によって、プロジェクト単位の仕事とインディペンデント・ワーカーを結ぶプラットフォームが雨後の筍のように誕生し、専門的な知識と経験をもつコンサルタントからウーバーのドライバーまで、「会社に所属しない働き方」が急速に広がっているのだ。

[参考記事]
●アメリカの「働き方改革」“ギグ・エコノミー”の光と影とは?

 とはいえ、このまま会社が消滅してしまうわけではない。だが「会社員」の姿も、時代(テクノロジー)とともに大きく変わりつつある。今回はアメリカ(シリコンバレー)の最先端の働き方を、パティ・マッコード『NETFLIXの最強人事戦略 自由と責任の文化を築く』(光文社)で見てみたい。著者のマッコードは元Netflix(ネットフリックス)最高人事責任者で、社内の人事方針を説明した“CULTURE DECK(カルチャーデック)の共同執筆者としても知られる。

20世紀に開発された複雑で面倒な人材管理手法では21世紀の企業に対応できない

 Netflixの創業者で現CEOのリード・ヘイスティングスはそれ以前にもピュア・ソフトウェアという会社を興したことがあり、マッコードはこのスタートアップに参加していた。その後、サン・マイクロシステムズなどで人事のキャリアを積んでいたが、ヘイスティングスがNetflix を始めるときに声をかけられ、1997年の創業から人事の責任者を務めてきた。じつはマッコードは、ふたたびヘイスティングスとベンチャーをやるのは気が進まなかったという。それでも彼女の背中を押したのは、午前2時の電話で、「僕らが本当に働きたいと思えるような会社をつくれたらいいと思わない?」といわれたからだ。

 マッコードが所属していたサン・マイクロシステムズの人事部には370人ものスタッフがいたが、そのほぼ全員が本業とは直接関係のない仕事をしていて、会社がどんな製品をつくっているのかさえ説明できなかった。「楽しかったが、満たされない思いもあった。もっと私たちに敬意をもってほしい、認めてほしいという願いがいつもあった」とマッコードは、大手企業の人事部での日々を回想している。

 カルチャーデックは「理想の働き方」を目指したNetflix の社内文書で、経営陣が創業当初から学んできたことを若き起業家に向けて公開したものだ。フェイスブックCOOのシェリル・サンドバーグが「シリコンバレーで書かれたもののなかでもっとも重要な文書」と評したこともあって爆発的に拡散した(インターネットで検索すれば日本語訳を見つけることもできる)。

 マッコードは、働き方を大胆に変革しなければならない理由を、「20世紀に開発された複雑で面倒な人材管理手法では、21世紀の企業が直面する課題に立ち向かえるはずがない」からだという。それは、「人事考課連動型のボーナスと給与」「生涯学習のような仰々しい人事施策」「仲間意識を育むための楽しい催し」「業績不振の従業員に対する業績改善計画(PIP)」などのことだ。これらは「グローバルスタンダードの人事戦略」として、日本の会社でも導入しているところがたくさんあるだろう。

 従業員の忠誠心を高め、会社につなぎ止め、キャリアを伸ばし、やる気と満足度を上げるための制度が「ベストプラクティス」だ。そこでは、従業員のちからを引き出し(エンパワメント)、やる気をうながし(エンゲイジメント)、仕事に対する満足度と幸福度を高めることが高い業績につながるとされている。

 当たり前のことのようだが、マッコードは、すべて間違っているという。「そもそもエンパワメントがこんなに注目されるのは、今行われている人材管理の手法が従業員から力を奪っているからにほかならない。やたらと介入しすぎる結果、従業員を骨抜きにしている」というのだ。

 さまざまな国際調査で、日本のサラリーマンのエンゲイジメント(やる気)が世界最低だという調査結果が次々と出て、「日本的雇用」の信奉者に衝撃が広がっている。これを受けて、「従業員のエンゲイジメントを高める」という目標を掲げる経営者も多い。ところが「働き方改革」でさらに先を行くNetflix では、このエンゲイジメントすら無用の長物とされているのだ。

 誤解のないようにいっておくと、これは従業員のエンゲイジメントは不要だということではない。マッコードは「やる気や満足度と業績が常に相関するわけではない」として、平均以下の業績のチームも、きわめて業績が高いチームと同じくらいのエンゲイジメントを示していたデータを挙げる。「やる気さえあれば結果がよくなる」わけではないのだ。

 日本のサラリーマンは世界でいちばんやる気(エンゲイジメント)が低く、会社への忠誠心がない。それが大問題になっているのだが、Netflixでは従業員にやる気があるのは当たり前で、それだけでは高い業績につながらないことが問題とされているのだ。

Netflix の人事戦略とは「ドリームチーム」をつくること

 「会社は、顧客を喜ばせる優れた製品を時間内に提供できるよう努めることを除けば、従業員に何の義務もない」とマッコードはいう。それにつづけて以下のように述べるが、これにはアメリカの(それもシリコンバレーの)経営者でもぎょっとするらしい。

「(会社には)従業員に能力を超えた仕事や才能に合わない仕事を引き受けるチャンスを与える義務はない。長年の貢献に報いるために別のポストを用意する義務もない。彼らに遠慮して、会社の成功に必要な人事変更を控える義務も、もちろんない。

 従業員の能力開発に特別な投資を行い、キャリアパスを提示し、高い定着率を維持するために努力する。そんな考え方は時代にそぐわないし、従業員にとってもベストではない。そういうやり方では、従業員は意に沿わない職務や、自分の思っているほど――または上司に求められるほど――うまくできない職務に縛られて、社外によりよい機会を求められない」

 そして採用面接では、「キャリアマネジメントはあくまで従業員自身の責任で、社内に昇進の機会はたくさんあるが、会社として従業員のためにキャリア開発をすることはない」とはっきり伝えているという。

 だとしたら、Netflix の人事戦略とは何だろうか? それはカルチャーデックに掲げられているように「ドリームチーム」をつくることだ。

 Netflix はDVDのレンタルを郵送で行なう事業でスタートしたが、2001年にドットコム・バブルがはじけると業績は悪化し、全従業員の約3分の1を解雇し倒産寸前まで追い込まれた。だがここで、彼らに神風が吹く。DVDプレーヤーの価格が下がり、その年のクリスマスプレゼントとして大人気になると、消費者はプレーヤーで再生するDVDを借りようとしはじめたのだ。

 こうして事業はふたたび軌道に乗ったが、こんどは3分の2の人員で2倍の仕事量をこなさなければならなくなった。しかしここで、マッコードは奇妙なことに気づく。仕事はものすごく大変だったが、みんなは前よりずっとハッピーだったのだ。

 その頃マッコードは、経費節減のためCEOのヘイスティングスと車を相乗りして職場に通っていた。その車の中で、彼女はヘイスティングスに訊いた。

 「どうしてこんなに楽しいの? 毎朝職場に行くのが待ちきれないくらいよ。夜になっても家に帰りたくない。みんなあんなに大変そうなのに楽しそう。いったい何が起こっているのかしら?」

 「よし考えみよう」とヘイスティングスはこたえた。彼らが出した答えは、リストラによって「最高の結果を出せる人だけが会社に残っていた」ことだ。

 とびきり優秀なエンジニアだけをそろえた小さなチームの方が、仕事熱心なエンジニアの大きなチームよりもよい仕事をした。大規模な人員整理で中間管理職をごっそり解雇して以来、いちいち意見を聞き承認を得ずにすんでいるせいで、全員が前よりずっと速く行動していた。こうしてNetflix の経営陣は、自分たちが従業員のためにできる最善のことは、「一緒に働く同僚にハイパフォーマーだけを採用することだ」という結論に達する。これが「ドリームチーム」だ。


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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