多くのスポーツ指導者は、スポーツの勝ち負けという山の高さしか持っていない。いくら日本一、世界一という山の頂上に登った経験者でも、世間の山から見れば、特殊で守られた世界であることが多い。スポーツの価値を否定するのではない。あくまで人を指導する立場で考えれば、スポーツの山しか知らない指導者より、スポーツの山も一般企業という荒波も知っている指導者と共に歩む深みの違いは容易に想像できる。

 文武両道と口では言うスポーツ指導者はたくさんいるが、実際にスポーツ以外の経験に乏しい指導者の言葉に実体はない。原監督は、企業の厳しさという山の高さを経験している。この高さから常に人間として発想し、選手に助言を与えている。

原監督が密かな快哉を叫んだ
3区直後の落とし穴

 箱根駅伝の采配に話を戻そう。
 
 実力の拮抗する選手たちの中から、どの選手を抜擢し、どの区間に起用するか。「今年でいえば、4区、5区が監督の腕の見せどころ」と語っていた。それだけに、4区、5区のブレーキは痛恨のきわみだが、そこにはあまりに皮肉などんでん返しがあった。

 今年のレースで言えば、原監督にとって最大の賭けは3区森田歩希の起用だったかもしれない。事前登録では名前がなかった。故障で十分な練習が積めなかった。12月の練習達成度を数字に表せば「ゼロパーセント」と明言していた森田を当日の登録変更で3区に起用した。この森田が区間新の快走を見せ、青山学院は今大会初めてトップに躍り出た。あまりにも劇的、出来すぎの展開に、他チームは言葉を失っていただろう。森田が首位で4区にタスキを渡した瞬間こそ、原監督のカリスマ采配の結晶であり、監督冥利に尽きる最高の昂奮に溢れていただろう。

 ところがその直後、ブレーキに見舞われる。この天国と地獄について、まだ原監督は詳細に語っていない。この衝撃が、原監督をさらに触発し、新たな指導ビジョン飛躍の原動力になるのではないか、密かに期待している。

(作家・スポーツライター 小林信也)