「この子ならでは」の
成長と自立を求めて

 篠田さんは生活保護の対象となっているため、パートで収入を得ると収入認定(召し上げ)されてしまった。光さんが20歳になるまで、障害児に対する手当が支給されていたが、受け取るのは篠田さんなので、同様に収入認定されてしまった。親子2人が、毎月8万円の1人分の生活費で暮らしながら、子の専門学校通学を必死で維持していたわけだ。この過酷な状況の原因は、親子を「世帯分離」したM市の扱いにある。

 今回大阪府は、M市のこの決定を「不当」とする裁決を下した。

「どの子にも、何らかの才能があると思います。その芽を摘まないで、育んでほしいです。障害のある子に対しては、働けないことを考慮して、生活を支えてほしいです」(篠田さん)

 篠田さんは、発達障害の光さんが持つ得意・不得意の大きなデコボコのうち、「好き」「得意」を伸ばしたいと強く願ってきた。光さん自身は、「絵を描く仕事に就きたい」と熱望し、専門学校に進学した。

 光さんは、専門学校に休まず通学し、授業にはすべて出席し、熱心に学業に取り組んでいる。コミュニケーション能力や社会性の欠如については、教員たちが特性に応じた働きかけを行っている。それを受け止めて、光さんは就職指導などのプログラムにも積極的に取り組んでいるが、4月からの就職は困難そうだ。

 しかし、職業能力と社会的能力を伸ばし続け、人間として成長を続けていけば、自然に「生活保護が不要になっていた」という将来がやってくる可能性は低くない。

 現在、光さんは「自分の道は絵だけではないのかも」と葛藤しているという。専門学校での学びにより、自分への要求水準が高まり、そこに達することができない自分への“もどかしさ”もあるようだ。母である篠田さんは、こう語る。

「高校時代の光は『僕には絵しかない』と言っていましたが、今は葛藤しています。それだけでも、専門学校の2年間は価値があったと思います。健常なクラスメートと同じように、卒業後すぐ就職するのは難しいことも、本人が自覚できるようになりました」(篠田さん)

 光さんは自ら発見し、自覚した。それは、誰かに「あなたは障害者だから無理」と決めつけられるのとは、全く異なる経験だろう。