「あの時は自分でもどうかしていたと思うが(笑)。妻が自宅に連れ帰ってくれるまで動かない決意だった」

 妻はAさんを見下ろして「そんなところに座り込んでいたら熱が上がるよ」と脅しめいた一言を残してさっさと立ち去っていった。

 確かに寒く、仮の宿とはいえ一刻も早く横になりたい。Aさんは気力を振り絞り、拗ねた、かつ心細い気持ちで立ち上がると部屋に移動してベッドに倒れ込んだ。

 孤独や家族愛についてまとまらない考えを巡らせ、悪夢や妻の見せた冷たい態度にうなされたAさんだったが、処方された薬を飲むと翌日には完全に快復していた。その旨を妻に報告すると「よかった。じゃあウィルスがいなくなるまであと3日間はそこいて」と指示された。Aさんは指示通り、延長された孤独を噛み締めてその部屋で3日間を過ごしたそうである。

「体と気持ちは元気だったが、妻から再三言われ続けたこともあって、『自分はウィルス保有者で、出歩くだけで世の中に迷惑をかける存在だ』と自己嫌悪とともに思っていて、日に1度のコンビニ以外は外出せず、ずっとテレビを見て過ごした」

 この一件以来Aさんはインフルエンザを侮るようなことは決してしない。妻の側から見れば日本昔話に見られるような勧善懲悪的なエピソードである。

拒絶される悲哀
「ばい菌」扱いされるお父さん

 Aさんの場合は自宅と別の場所に移り住むことを強制された正真正銘の孤独があったが、同じ屋根の下で隔離されるのも別の趣きの孤独を感じさせるものである。

 Bさん(37歳男性)は「以前インフルにかかった時。うちはワンフロアの2LDKだけど、家族との会話の際でも同じ部屋で話すことはできず、別々の部屋にいる状態で携帯電話で話さなくてはならなかった」と語った。その後リビングに置き忘れた携帯電話を取りに行くと、ジップロックに入れられて保管してあったのを発見したそうである。

 Bさんの例に見るように、お父さんにまつわるインフルの哀愁は“物理的には近くにいるのに心理的には遠く感じる”方が一般的であろう。

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